②感染力βの示強変数
感染数理モデル(S(E)IR)の微分方程式とWells-Rileyの感染確率方程式を連結することで、感染力(伝達係数)βは、感受性者の単位時間あたりの換気量(=tidal volume) P [L/h]、単位時間あたりに発生する感染量子数Q [quanta/h]、閉鎖空間における1回あたりの換気量V[L/times]、閉鎖空間の換気回数A[times/h]を用いて、
β = PQ/VA [ quanta/h] = αQ (α = P / VA=const)
と表せることを前回提示した(→Case 24-6: part2)(1,2,3,4)。
すなわち、βの示強変数はQであることがわかる。
Qに影響を及ぼす変数は、感染性飛沫のウイルス濃度、単位時間あたりに産生される感染性飛沫の数と感受性者のウイルスに対する脆弱性がある。脆弱性はウイルス力価で表現できると考えられ、生物学的力価としての最小感染量(MID: minimum infective dose)を考える必要がある(5)。厳密にはHID (human infective dose)として、HID1(人口集団1%に感染を起こす最小ウイルス量)、HID10、HID50などの値となる。健全なボランティアを募集して感染実験を行うことで、最小ウイルス量を単位体積あたりの粒子数VP(virus particle)/mlとして求めることができれば物理化学的力価として計算上都合が良いが、通常投与されるウイルス力価はTCID50 (median tissue culture infectious dose: 1ml中の組織培養細胞を50%死滅させるウイルス量)であるため正確な粒子数ははっきりしないことがしばしばある。日本人のHIDがいくらであるかは現時点では不明である。
飛沫の単位体積あたりのウイルス濃度をC (copy/ml)、単位時間あたりの感染性性飛沫数をN (particle/h)、HID(1-1/e)をH(copy/ml)と置けば、Q ∝ CN/Hの関係があり、この中でQの大きさに影響する調整可能因子は、Nであることがわかる。逆にこのことは、公用語として普段使用される言語によりNの平均値が大きく異なることが各国での流行度合いに影響していることを示唆してしているかもしれない。Nは唯一人間の側で調整可能な因子であり人流を調整するよりは直接的で即効性のある手段であると考えられ、調整次第で人流制限を極限まで緩和できる可能性がある。
Reidlikerらは、コンピューターシミュレーションによりCOVID19罹患患者(軽症から中等症)からは、通常呼吸1回で0.0000049〜0.637 copies/ml(バイオエアロゾルとして0.0000017〜0.226 copies/ml)、咳1回で0.000277〜36’030 copies/ml(バイオエアロゾルとして0.156〜20’221 copies/ml)のウイルス濃度で呼気中に排出されると算出している(6)。しかし、これらはすべて欧米人の飛沫データをもとに算出されたものであることに注意が必要である。
③COVID19に対する究極の感染拡大防止対策は、会話制限(対面会話、1回会話時間の制限)にあると考えられる。
過剰な行動(人流)制限をかけてもCOVID19感染症の収束が困難な原因に関しては、恐らくバイオエアロゾル感染防止対策が不十分なのではないかと考える。COVID19では、他の呼吸器ウイルス感染症と比較して主に会話で生じるバイオエアロゾルにより感染伝播される割合がかなり大きいと考えられ、逆にそれがCOVID19感染症の最大の特徴であるとも言える。COVID19感染症をもう少し厳密に表現すると、conversation mediated disease(会話により仲介される感染症)と表現しても良いのではないかと思われる。
咳などで発生する大きな飛沫はすべてdirectに対象物に沈着するか重力効果で床面に落下する。これに対する感染防止対策はアクリル板設置、アルコール消毒等を含め既に十分行われている。しかしながらΦ100μm以下のバイオエアロゾルは乱流やサーマルプルームの影響により長く空中に漂い、咳ジェットの方向とは異なる方向に粒子ベクトルは向かう(→Case 24-6; part3)上にマスクを通過する割合が大きい。バイオエアロゾルを含めた近接飛沫感染は、感染者の口元を座標中心とした粒子ベクトル場と考えてガウスの発散定理で感染伝播を捉えるのが良いのかもしれない。
呼吸や咳に関する諸動作はほぼ人類共通と考えられるので、これらが東アジア/欧米諸国間における市中感染の拡張性に差を生み出すとは考えにくい。以上から一般コミュニケーションに使用される言語により発生するエアロゾル量が著しく異なるのではないかという考えに及ぶ。東洋の言語は単母音をきちんと発音する言語が多く、舌の動きがダイナミックではない。t, th, d, f, vなどの発音の様に歯と舌、唇との間に生じるせん断応力を伴う発音はほとんどない。日本語の会話は、極端なところ腹話術でも成立する。
現時点で同じ内容の文章を日本語といろいろな外国語で発音して発生する飛沫(エアロゾルを含む)数を比較検討した文献報告はネット上検索に上がってきていないのでどれくらい発生する飛沫数が異なるかは不明である。唯一、全日本合唱連盟/東京都合唱連盟がアップしている”合唱活動における飛沫実証実験報告書”(2020.12.08)に日本語とドイツ語で比較検証したものが検索できた。
これによると、ドイツ語による第9の歌唱では統計学的に有意に飛沫の飛距離が長く、母音唄では可視化できる粒子の飛散がほとんど見られなかったと報告されているがcrude dataの公開がないので詳細は不明である。
現在、日本でシミュレーションしているCFDも飛沫数と飛沫分画の元データはほぼ同じ海外文献から引用されているので結論は海外報告と類似したものになる。日本語を発語した際の飛沫発生数と飛沫分画(特にエアロゾル 分画)のデータをきちんと計測して出さなければ日本人の感染リスクやそれに基づくソーシャルディスタンス、対策ををどうすれば良いかはいつまでも判然としない。それがWHOの基準と大きくかけ離れて緩いものであっても何の問題もないと私は思う
結論として、COVID19の感染力βは飛沫数により大きく左右され、飛沫数は唯一人間サイドで調節できる因子である。わかりやすく言い換えるとRoが1.4倍(現在のイギリス株相当:例えば飛沫に含まれるウイルス濃度が1.4倍)であっても我々人間側が声のトーンを落として、1日の対面会話時間を1/2に減らせばRt=0.7相当の拡大防止効果が即座に導けると考えられる。
Uploaded on April 16, 2021.
参考文献
1. R. M. Anderson. Discussion: The Kermack-McKendrick epidemic threshold theo-rem, Bull Math Biol 1991; 53(1/2): 3-3
2. Riley EC, Murphy G, et al. Airborne spread of measles in a suburban elementary school. Am J Epidemiol 1978, 107(5), pp421-432
3. Buonanno G, Stabile L, et al. Estimation of airborne viral emission: Quanta emission rate of SARS-CoV-2 for infection risk assessment. Environment International 2020; 141: pp1-pp8
4. Noakes CI, Beggs CB, et al. Modelling the transmission of airborne infections in enclosed spaces. Epidemiol Infect 2006; 134: pp1082 – pp1091
5. Yell S, Otter JA. Minimum infective dose of the major human respiratory and enteric viruses transmitted through food and the environment. Food Environ Virol 2011; 3:1–30. DOI 10.1007/s12560-011-9056-7
6. Riedliker M, Tsai DH. Estimation of viral aerosol emissions from simulated individuals with asymptomatic to moderate coronavirus disease 2019. JAMA 2020; 3(7): e2013807. doi:10.1001/jamanetworkopen.2020.13807.