(5)S蛋白のRBD(Receptor-binding domain)、NTD(N-terminal domain)のアミノ酸変異と中和抗体の関係について
SARS-CoV2ウイルスのゲノム配列情報を入手できるデータソースとして、GISIAD(Global initiative on sharing all influenza data)とNCBI Virusがあります。Greaneyらが行なった回復者血清に含まれるRBD結合抗体及び中和活性を示す抗体(中和抗体)を抽出し、GISIADから入手したSARS-CoV2シークエンスに基づきRBDのアミノ酸変異の頻度とその位置をマッピングした結果を図7に提示します(9)。
これによると頻度の高い変異が4種類(see→図7a)ありそれぞれS477N 5.89%, N439K 1.49%, N501Y 1.39%, Y453F 0.365%でした。N501Y, N439K, Y453FはいずれもACE2受容体との結合力を増強すると報告される変異ですがこの変異による抗体結合能の損失はほとんど認められていません。RBDの3Dシェーマ(see→図7c)では抗体結合能に大きな影響の生じる部位を緑色、抗体結合能に大きく影響を生じさせる部位で少なくとも50種類以上のアミノ酸変異が確認されている部位を黑、少なくともアミノ酸変異を認めるが抗体結合能に影響のない部位を赤い領域で示してあります。中和抗体結合能に影響を与える重要なアミノ酸変異は黒で示される領域に集中しており、11種類(see→図7b)確認されました。このうちE484Kは累積変異率も0.11%と11種類中最も変異が生じる頻度は高く中和抗体能の低下(escape)が懸念される変異であると考えらレます。以上を考慮すると黒く示される領域に対応する抗体はワクチンのデザインから外すような改良がさらに安定した効果を引き出す抗体誘導が可能となるかもしれません。
このようにRBDは免疫源性が高い部位であるため、SARS-CoV2回復患者の血清に含まれる中和抗体の多くは、このRBDに対して産生されていると考えられます。これに対してRBD以外の領域に対する結合抗体のうちNTDに対する抗体も強力な中和活性を示すものが存在します。McCallumらによる回復者患者のメモリーB細胞から得られたヒトモノクローナル抗体(mAb)を用いたNTD周辺のマッピングの結果を図8に提示します(10)。
NTD結合性の中和抗体は、抗SARS-Cov2抗体全体の5~20%を占めるがこれらの抗体のうち中和力価の高いものを抗RGD抗体に加えることでSARS-CoV2に対するより広域な感染防御の確立につながるかもしれない。
[結語]
mRNAワクチンで誘導される中和抗体は、SARS-Cov2回復患者の血清中の中和抗体とほぼ同程度の力価を期待できることは試験管内の実験では実証されています。誘導される中和抗体はヒトそれぞれで少しづつ異なるエピトープを認識するものが生成されるようですが、大まかにはS蛋白のRBD及びNTDの特定領域に強い親和性を持つものが生成されるようです。抗体産生率を考慮するとウイルス中和活性は抗IgG-RBD抗体が主体であると考えられます。したがってRBDのアミノ酸変異は、中和抗体の反応性を低下させる決定的な因子と考えられます。このような状況下においてADEの誘発が生じないかどうかは不明ですが、蛋白のマップが解明されていくことでより安全で有効なワクチンのデザインの開発が進んでいくものと考えられます。
Uploaded on June 28, 2021.
参考文献
1. Assadisal S, Fatahi Y, et al. COVID-19: Significance of antibodies. Human Antibodies. 2020(28) : 287–297. DOI 10.3233/HAB-200429
2. Addetia A, Crawford KHD, et al. Neutralizing Antibodies Correlate with Protection from SARS-CoV-2 in Humans during a Fishery Vessel Outbreak with a High Attack Rate. Journal of Clinical Microbiology. 2020(58); 11:
3. Brouwer PJM, Canieis TG, et al. Potent neutralizing antibodies from COVID-19 patients define multiple targets of vulnerability. Science 2020( 369): 643–650
4. Piccoli L, Oark YJ, et al. Mapping neutralizing and immunodominant sites on the SARS-CoV-2 spike receptor-binding domain by structure-guided high-resolution serology. Cell 2020(183); 1024–1042
5. Wang Z, Schmidt F, et al. mRNA vaccine-elicited antibodies to SARS-CoV-2 and circulating variants. Nature 2021(592): 616-622. e02107-20
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7. Wu K, Werner AP, et al. Serum neutralizing activity elicited by mRNA-1273 vaccine. N Engl J Med 2021(384);15 DOI: 10.1056/NEJMc2102179
8. Cele S, Gazy I, et al. Escape of SARS-CoV-2 501Y.V2 from neutralization by convalescent plasma. Nature 2021(539): 142-146.
9. Greaney AJ, Lones AN, et al. Comprehensive mapping of mutations in the SARS-CoV-2 receptor-binding domain that affect recognition by polyclonal human plasma antibodies. Cell Host & Microbe 2021; 29: 463–476
10. McCallum M, Marco AD. N-terminal domain antigenic mapping reveals a site of vulnerability for SARS-CoV-2. Cell 2021(184): 2332–2347
[院長の独り言]
mRNAワクチンを打つかどうかが巷の話題になっていますが、
基本的事項として、以下を参考に考えていただければよろしいかと存じます。
①ワクチンは、”自分自身の重症化防止”>>”他人への感染防止”
重症化の要因は、肥満、糖尿病などの個人的要因により左右されますので他人がワクチンを打ってくれてもご自身の感染による重症化は防ぐことはできません。”他人に感染させない事が目的で打つのではない”ことを十分理解し、それ故に任意接種であることも理解ください。それ故、同意のうえ接種したことで不都合が起これば、基本的にご自身の責任という形になります。職場で強制されて渋々打つことにより不都合が生じた際、現状では当該企業は免責されているようですので場合によっては不都合に対する賠償責任の矛先が接種完了までの過程に関与した人(個人)に向かうような事象が起こり得ますので、正しく情報収集いただいた上で接種するかどうかを決めていただければ良ろしいかと存じます。
これに対して
②マスクやソーシャルディスタンスは、”他人への感染防止”>>””自分自身の感染防御”
感染者が他人にできるだけうつさないようにするにはこの方法しかありません。ここはきちんと”場”をわきまえた大人の対応をしていただく必要があります。ワクチンを打っていようが、いまいがここを疎かにするとほぼ感染成立は回避できません。また、自明のことですが、感染していない人同士の間でマスクをする意味はありません。
濃厚接触による感染はほとんどの場合、マスク未着用で対面会話をする事で成立しています。これが自明である限り感染成立の致命的要因は”対面会話時マスクを着用しない”という事象です。ワクチンは打たなくても感染する確率は低いかもしれませんが、感染者とマスクなしで対面会話をすればほぼ感染成立は必発ですのでここは全国民が警戒し、恐れておくべき事実として認識すべきです。
四季のある日本では、梅雨の時期など湿度が上昇する時期には飛沫(主にエアロゾル)の飛距離が大きく低下すると考えられこの時期にSARS-CoV2感染の自然なピークアウトを生じうることは想定できます。インドも雨季到来時に一時的に感染がピークアウト、イギリスも雨量が増える春先にピークアウト(ワクチンの効果も加わっていると思いますが)している(今はリバウンド)。昨年初期にいろいろな物理学者がピークアウトの時期を予測していたのを思い出します。パンデミック1年を経過して、実際のところSARS-CoV2の流行状況は、SARS-CoV2自身の持つ正方向の感染力、マスクや対面距離を置くことで生じる逆向きの抵抗、ワクチンや入院による逆向きの感染力、湿度増加による感染射程距離の減少(遠隔効果の減少)などにより時間tと感染者数I(t)は振動/波動関数としてある程度特徴が掴めているのではないかと思われます。もしフーリエ級数展開などにより実際に近似関数を導出したものを原盤に緊急事態宣言の解除を想定しているのであれば名目上の解除ルール(ダブルスタンダード)と解除の時期が乖離するため一般国民にはこれは理解しがたい(株価の変動を物理/数学者が微分方程式で予測するようなことと同じこと)。ただし昨年と違うところは、東京、大阪などではベースラインが”0″ではないことでありエンデミック化している事。