(3)mRNAワクチン投与により誘導される中和抗体価は如何程のものか?
SARS-CoV2自然感染回復後血清に存在する中和抗体に対して、mRNAワクチンで誘導される中和抗体(モデルナ及びファイザー社のフェーズ3試験に参加した20名のボランティアの血清を使用)の質的評価をNT50(最大中和抗体価の50%活性価)を用いて比較した結果が下図4です(5)。
mRNA-1273(モデルナ社)、BNT162b2(ファイザー社)のワクチンで誘導される中和抗体力価はSARS-CoV2感染回復後1.3ヶ月の患者血清で認められる中和抗体のNT50平均値(赤の横線)とほぼ同等であると言えますが、回復者/ワクチン誘導のいずれのグループにおいても上下に力価の散らばりが大きいことに注目すべきです。実際のところmRNAワクチンで誘導される抗S蛋白IgG抗体に対して、中和抗体の分画比がどのくらいを占めているのかまでは解析が追いついてないのが現状ですから、先に言及しましたように総血清抗体価が十分ありそうでもそれが十分な中和抗体価を反映しているとは言い切れません。この部分は解釈に注意が必要です。中和抗体価は試験管内で測定された数値ですので、実際のところワクチンを投与された人口集団がある程度以上の期間、ある程度以上のウイルス暴露条件に曝された状況で発症率、重症度もしくは感染率がどうなるかを確認することで初めて裏付けが取れることになります。
(4)mutationが引き起こす中和抗体力価への影響について
スパイク蛋白領域にアミノ酸変異が生じるとウイルスの感染力や増殖能が変化すると考えられています。具体的にはN501Y(501番目のアミノ酸がN(アスパラギン)→Y(チロシン)に置換)、D614G(614番目のD(アスパラギン酸)→G(グリシン))などの1アミノ酸変異が生じることで感染力もウイルス増殖能も増強されたと報告されています。現時点では致死性が明らかに増強された変異がないのは幸いです
<用語説明>
[1] WT(USA野生株: USA-Wa1/2020) USA初期の分離株
[2] D614G variant ヨーロッパで2/2020に発生した変異株
鼻腔での増殖能が増強されたことで感染力が増大
[3] 501Y.V1=VOC-202012/01 S蛋白23箇所の変異を含む (B.1.1.7系統 )
N501Y変異は、ACE2受容体との親和性を増強
①N501Y(英国型変異株)
②(Δ69/70)+N501Y+D614G(英国2重変異株
S 遺伝子 deletion 69-70 あり
S 遺伝子を検出する PCR 検査では結果が偽陰性となる
=spike gene target failure (SGTF)
など
[4] 501Y.V2 RBDの8箇所アミノ酸変異を含む (B.1.351 系統)
E484K変異は抗RBD抗体の認識性を減弱
①K417N+E484K+N501Y(南アフリカ3重変異株)
②E484K+N501Y+D614G
など
アミノ酸変異が生じることで自然感染からの回復者血清に含まれる中和抗体価及び、BNT162b2(ファイザー社mRNAワクチン)2回接種後の血清に含まれる中和抗体価がどのくらい影響を受けるかを示したものが図5です(5)。
いずれもE484K変異単独で中和抗体力価が減弱しているがK417N、N501Yではほぼ同レベルの力価が維持されている。3重変異でもE484K単独変異の影響を反映しているに過ぎにない。これはBNT162b2で誘導された中和抗体が回復者患者血清と同等の効果を再現できることを示している。しかしながら、BNT162b2が自然感染で獲得する中和抗体と同一成分を誘導しているのかどうかはこのデータからはわからない。
①BNT162b2ワクチン誘導中和抗体の変異株に対する力価変動
[WT]、[N501Y]、[(Δ69/70)+N501Y+D614G]、[E484K+N501Y+D614G] に対するBNT162b2(ファイザー社mRNAワクチン)2回接種終了後の血清を用いて中和抗体活性を比較を比較したものが図6です(6)。
3重変異株で中和抗体活性が低下している症例があったが、WTの中和抗体活性の0.86〜1.46倍(幾何平均)の範囲(≒10%減弱)に収まっていたと報告されている。
②mRNA-1273ワクチン誘導中和抗体の変異株に対する力価変動
[D614G]、[N501Y+D614G]、[(Δ69/70)+N501Y+D614G+P68H]、[N501Y]≒B1.1.7、[E484K+N501Y+D614G]、その他の変異株に対するmRNA-1273(モデルナ社mRNAワクチン)2回接種終了後の血清を用いた中和抗体活性を比較を比較したものが図7です(7)。
50%中和活性を示す希釈倍率(Reciprocal ID50)を用いた比較では、B.1.1.7変異に対してはほとんど影響が見られませんが、P1、B.1.427/ B.1.429変異に対しては中和抗体力価の減弱が確認でき、B1.351変異(E484K変異を伴うもの)では最大6.4倍の力価減少を認めたと報告されています。
試験管内での反応を見る限り、E484K変異は既存のmRNAワクチンで誘導された中和抗体の認識性を低下させる変異であるようではあります(8)。