(2)一般血液検査で測定できる抗体価と中和抗体力価は同値と評価して良いか?
ウイルス感染から回復すると、一般に感染既往抗体(過去または現在の感染を示す指標抗体)、中和抗体(感染防御の主砲として働く抗体)、その他の抗体が血中に認められる様になります。ウイルス抗体価≒中和抗体価(風疹、麻疹など)の場合は抗体価の絶対値で抗ウイルス効果を評価できます。抗体価=感染既往抗体価(C型肝炎やHIVなど)の場合は、抗ウイルス活性を全く反映していません。致死性ウイルス感染症の中和抗体価(力価)を測定するには、P3レベルの実験室で行うことが国際基準となっていますので施行可能な施設は極めて限定されています。
まず、大前提として自然感染により中和抗体が生成されるという根拠の確認ですが、これに関してBrouwerらは、図2のようにSARS-COV2の初期株感染から回復した3名の患者血清から得られた抗体から中和抗体活性を示す抗体19種類を同定しています(3)。この結果やその他の報告を踏まえた上で、SARS-COV2自然感染により中和抗体が産生されるということは自明の転帰であると解釈できます。逆にそれ相応の抗原(ワクチン)を投与すれば中和抗体も誘導できるであろうという考えに及びます。
次に図2の結果を見ますと、血液検査で検出された84種類の抗S蛋白IgG抗体(抗体価として一般に表現される)のうち実際に中和活性を示す抗体は19種類に限定されており、三人の回復期患者からそれぞれ異なる種類の抗体が産生されていることがわかります。同じ抗原を投与してもB細胞が産生してくる抗体は、生来備わっているB 細胞の特性と経験値により個人差が出てくることが見て取れます。おそらくこの免疫応答の個人差とワクチンデザインによる抗原性の差により同じmRNAワクチン を投与しても人種や環境により効果の差が出るであろうと推測されます。
次にRBD領域に対する種々の抗体産生が、SARS-CoV2の重症、高度、中等度、軽度、非典型、無症候性患者で差があるかどうかを示します(図3)。Piccoliらは647名のSARS-CoV2罹患患者の血清からS蛋白領域のRBD、及びNTDに対する抗体産生の度合いについて調査した結果を報告しています(4)。
図3-Dからは、RBDに特異的に結合する抗体(IgG, A, M)が疾患重症度に比例して産生されていることが分かります。これは重症度の違いによる抗原暴露量及び暴露時間の絶対値の大小が関係していると考えられます。また、抗RBD-IgG抗体に関しては、全ての重症度においてほぼ全患者に共通して産生されていることが分かります。これらの結果は、抗IgG-RBD抗体分画が優位に中和活性を示すことを表現しています。図3-F,Gから入院患者と非入院患者で80%中和力価(ED80)を比較するとは非入院患者ではその力価を有する者は少なく、またその割合は重症度に比例して大きくなることも分かります。さらに中和抗体としての効果を示すグレイゾーン以上の位置にプロットされる割合が重症でも高々24%であることを考慮すると感染後の患者は、必ずしもウイルスがACE2受容体に結合するのを防ぐに十分な中和抗体濃度を達成しないことを意味します。これはワクチンで誘導される抗体に関しても同じ傾向を示す可能性があります。