新型コロナウイルス(COVID19)ワクチンについては、mRNAワクチン、アデノウイルスベクターワクチン、リコンビナントワクチン、不活化ワクチンなど様々なタイプのものが実用化されてきてはいるがいずれも製造各社独自の中和抗体アッセイ法により効果判定を行っているため実際のところ各製品でどの程度試験管内での中和力価の違いがあるのかは明らかにはされていない( see → Case 24-8 p2)。Khouryらは、補正式により統一単位系でのワクチンの中和力価を算出し報告している(1)。これによると最も試験管内での中和力価が高いのがmRNA-1273(モデルナ)であり、次はNVX-CoV2373(ノババックス→ Case 24-8 p3)、BNT162b2(ファイザー → Case 24-8 p1)と続く。上位3種のワクチンは他のワクチン と比べ中和力価が高値であるので推奨されるべきワクチンがこの3種であるとの解釈に異論はないであろう。
実際のところは、政治的駆け引きやコマーシャル力その他の付加的要素によりほぼ、BNT162b2の独壇場といえ多くのワクチン予防効果の評価論文はBNT162b2を対象ワクチンとしたものでありSARS-COV2の予防効果の根本概念はBNT162b2の投与結果を代表値として語られている。
Altarawnehらは、イスラエル(カタール)における過去のCOVID19感染によって得られた自然感染免疫保有群(ワクチン接種歴なし)、感染症既往のないmRNAワクチン(初期株(武漢株WA1/2020)2回接種者、3回接種による受動免疫保有群、過去株感染+mRNAワクチン2,3回接種によるハイブリッド免疫保有群におけるオミクロン株(BA1, BA2)に対する発症予防効果、重症化予防効果を報告している(2)。ただし、この解釈に関しては、カタールの50歳以上の人口比率が9%であるといった特殊な人口構成にあることを十分考慮する必要がある。過去の全流行株を通しての共通事象としてCOVID19感染者の80%は軽症(このうち約20%が無症候と推計)であり、感染→死亡に至るような重症化症例のほとんどは65歳以上の年齢層に集中する傾向が一貫して認められる。COVID19診療を行っている施設では経験則に基づく定理として常識化している事象であるが、高齢者の人口比率は国家間でのワクチン効果や重症化率を比較する上では大きな交絡因子となる。下図2は、mRNAワクチンの主流であるBNT162b2(上段A)。およびmRNA-1273(下段B)の2,3ドーズ接種後の発症予防効果を経時的に示したものである。過去流行株の感染による自然感染免疫保有群では感染後1年以上経過しても50%程度の発症予防効果を示している。これに対して感染既往のない2ドーズワクチン接種群は接種後6か月以上経過するともはや発症予防効果は認められない(→関連事項 Case 24-8 p6)。そこで3ドーズ目をブースター接種すると2ドーズ接種後の2週間後の値に復元しているが同様な経過で減衰する傾向がある。この傾向はいずれのmRNAワクチンにおいても同様であるのがわかる。発症症例を対象としているので接種後しばらくは40%前後の発症予防効果があると見て取れるが、感染予防効果となると検出不可能な無症状症例(20%?)を加えて評価する必要がでてくる。この意味ではmRNAワクチンに感染予防という重大な責務を課すのは酷といえる。自明のことではあるが、ワクチンを打っても無防備な状態ではCOVID19感染者と濃厚接触すればほぼ感染は必発する。マスク等によるユニバーサルコーションは現時点では必須である。
総括としては過去流行株の感染単独群(ワクチンによるハイブリッド免疫なし)のBA1, BA2に対する発症予防効果はそれぞれ50.2%, 46.1%と報告されている。過去にCOVID19感染既往のない群に対するmRNAワクチン2回(BNT162b2)接種では、6か月を経過すると全く発症予防効果は期待できなかった。この状況に対して1ドーズ上乗せ接種(ブースター接種)を行うと一過性に発症予防効果をそれぞれ59.6%、52.2%まで再上昇させることが期待できる。過去流行株に感染既往のある群に mRNAワクチン2回(BNT162b2)接種では、それぞれ51,4%、55.1%。3ドーズ接種(ブースター接種)を行うと74.4%、77.1%まで発症予防効果は上昇していた。
致命的となりうるような重症への進展予防効果は、過去の流行株感染群、感染既往のないmRNA (BNT162b2) ワクチン2回以上接種済の群、過去感染+ mRNAワクチン (BNT162b2) 2回以上接種済の群 のいずれにおいても高い重症化予防効果(>70%)を認めた(下図3)。
上記結果から、過去流行株の感染者およびワクチン2回以上接種済の集団はおおむね重症化リスクを回避した個体であると解釈できる。
個人の重症化の確率を検討するにあたり、若年者か高齢者(65歳以上)か?、重篤な基礎疾患を持ち合わせているかどうか?が2つの大きな独立した因子であることはもはや言うまでもない。重症化リスクはage dependentに上昇する(ただし65歳位のところに変曲点の存在が推定される)し、重症化リスク因子(コントロール不良の糖尿病、高血圧、心臓病、血液腫瘍etc (see → case 24-8 p5))が多いほど上昇する。今仮に重症化確率の分布関数(≒確率密度)がP(t, s): tは出生からの経過時間、sは重症化リスク因子を相応な連続変数で表したもので表現できるとすればPの形がどうなるかは別として、全微分の定義より、dP(t,s)=(∂P/∂t)dt+(∂P/∂s)dsとなる。自明のことであるが、前半の (∂P/∂t)の部分は時間依存部分でありかつ、特例を除き人類で共通項であり介入により調整はできない。一方、後半の (∂P/∂s)の部分は基礎疾患の治療介入やワクチン導入により縮小可能な項である。基礎疾患を有さない場合、 ∂P/∂s=0となるので dP(t,s)=(∂P/∂t)dt となり、重症化確率は単なる時間積分となるため基礎疾患のない若年者ではワクチン効果が体感できないのは自明である。感染予防効果がほとんど期待できない以上、基礎疾患のない若年者に複数回のmRNA接種を強要するのは費用対効果の面からも効率的とは思えない。
すでに本国の新型コロナウイルスは、オミクロン変異株BA5に加え新しい変異株XBB1.5が蜂起しつつある状況ではあるが、4ドーズ目以上の追加接種がオミクロン変異株に対してどの程度の発症予防効果を見込めるのかはある程度の目安がほしいものである。 Kliker Lらは、イスラエルにおけるBA1ブレークスルー感染を生じた医療従事者のmRNAワクチン(BNT162b2) 4ドーズ接種で得られた中和抗体の力価をワクチン未接種のBA1感染回復者、3ドーズ接種済みの BA1感染回復者 、4ドーズ接種済みの BA1感染回復者群間で比較して報告している。初期株(武漢型WA1/2020)ワクチンを4ドーズ打ってもBA4, BA5に対しては3ドーズ接種以上の中和抗体力価の上昇は得られていない(下図4)。また誘導される中和力価はBA1, BA2に比べてかなり低力価であり試験管内で評価された中和抗体力価からは発症予防効果への期待は低いと考えられるため、BA5対応のワクチン接種の必要性を推していた。このような背景から本国のmRNAワクチンの接種方針が急に4回、5回接種への方針変更となったものと考えられるが図4の結果から予想される反応はハイブリッド免疫者のみがそこそこの中和抗体力価を確保できるのではないかと考えられる。試験管内で測定される中和抗体力価(そもそも抗スパイク蛋白抗体価と混同認識されているのも問題と考えられるが?)とリアルワールドでの発症予防効果がかなり乖離していることはすでに周知されていることではあるが、かなりのスピードで変異株が生まれてくるので次の変異株が予測できない限り常に周回遅れのワクチンでの対応となるのは止むを得ず、感染予防という点ではブースター接種をもっても相当辛口であるといえよう。
ワクチンの効果は中和抗体力価の高低のみで評価されるべきものではなく、細胞性免疫がどの程度賦活されたかが重要である(下図5)。特にCD8+T細胞の応答はオミクロン株感染に対する生体防御に貢献する。 Liu Jらは初期株(武漢株WA1/2020)対応のmRNAワクチン(BNT162b2)接種済の過去流行株の既往感染のない群を調査し、オミクロン株に応答する CD8+T細胞 の82-84%は、武漢株に特異的なCD8+T細胞と交差反応を示すと報告している(3)。 これは中和抗体力価が減弱した状態でも強力な重症化予防効果が維持されることに関する説明となる機序の一つと解釈できる。
さらに、過去に感染既往があるものに対しては追加接種するmRNAワクチンの株を考慮する必要がある可能性が示唆された。Reynolds Cらは、英国の 初期株(武漢株WA1/2020)対応の mRNAワクチン(BNT162b2)3ドーズ接種済みの医療従事者のオミクロン株に対するT, B細胞の反応が過去に武漢株に感染した群において特異的に大きく低下していたと報告している(5)。このことは一度経験した感染株が以後の免疫応答に大きく影響(免疫刷り込み効果)することを示しており、現状を考慮すると第7波でBA5に感染したと推定される既往感染者(特にワクチン未接種者)に対してBA5対応のmRNAワクチン接種でハイブリッド免疫すると後に流行する変異株に対して大きく免疫応答が低下する現象が生じうることを暗示するとも解釈できる。このような現象は、新型コロナウイルスパンデミック収束までの道のりを難渋させる一因となっているのかもしれない。
Uploaded on January 11, 2023.
参考文献
1.Khoury DS, Cromer D, et al. Neutralizing antibody levels are highly predictive of immune protection from symptomatic SARS-CoV-2 infection. Nature Med. 2021; 27: pp1205–1211 / www.nature.com/naturemedicine
2.Altarawneh HN, Chemaitelly H, et al. Effects of previous Infection and vaccination on symptomatic omicron Infections. N Engl J Med. 2022; 387: pp21-34. DOI: 10.1056/NEJMoa2203965
3.Kliker L, Zuckerman N, et al. COVID-19 vaccination and BA.1 breakthrough infection induce neutralising antibodies which are less efficient against BA.4 and BA.5 Omicron variants, Israel, March to June 2022. Euro Surveill. 2022;27(30): pii=2200559. https://doi.org/10.2807/1560-7917. ES.2022.27.30.2200559
4.Liu J, Chandrashekar A, et al. Vaccines elicit highly conserved cellular immunity to SARS-CoV-2 Omicron. Nature. 2022; 603: 493-495
5. Reynolds CJ, Pade C, et al. Immune boosting by B.1.1.529 (Omicron) depends on previous SARS-CoV-2 exposure. Science 2022; 377: eabq1841.
院長の独り言
第7波から連続して第8波の大流行へ移行したが、ワクチン2回接種率80%以上、高いマスク着用率をもってしても死亡者増加傾向、感染制御困難とはどういうことか?ワクチンの感染予防効果が低いことは別として(そもそも最初から感染予防効果があるとは一言も添付文書には記載されていない)、このことはオミクロン株が、いままで感染に強固な抵抗を示していた東アジア諸国攻略のカギとなる変異を獲得したと解釈すべきだと私は考える。今まで一貫として西洋諸国に極めて厳しい姿勢を示していたCOVID19であるが、今度は反対の態度を示すようになったということだろう。西洋諸国に対してはこれまでの流行株で途方もない感染者/死亡者を計上してきたが、今回の変異で未だ未感染者の多く存在する繁殖余地が残された東アジアの制圧に着手したということだろう。蝙蝠という居心地のいい宿主由来で異種間伝播感染可能なCOVID19にとって、無防備な人類への進出は繁殖拡大の絶好の機会であると同時にあまり居心地のよい宿主ではないのだろうから自分たちの都合のいいように好き勝手に変異を繰り返し繁殖能力を増大していくがこの変異が必ずしも人体に対して寛容な方向に向くとは限らない。対岸の火事の様に感じていた西洋の惨事は、これからしばらく東アジア諸国で問題となっていくだろうし、西洋同様に過去最高の死亡者数を計上していくのだろう。恐らくオミクロン株変異は東アジアの人種とっては不利な変異なのだろうから、別系統のπ株が出現?するまで苦戦する可能性は十分ありうる。医療体制ひっ迫による患者の受診困難が原因としてクローズアップされているが病原性が低下しているならそのような事象で1か月の死亡者数が第7波の3倍になるようなことはないだろう。第8波は、第7波の成り行きを見たうえで満を持して迎えた建前になっているはずだが?相変わらず死者の大部分は65歳以上の高齢者である。医療施設のクラスター発生が頻発しているがこれも大部分が高齢者潜伏期患者の入院時スクリーニングのすり抜け(これは現時点での検出限界)に起因していると考えられる。頻回ワクチン接種により症状発現が遅延しているため発見が困難となっているため介護施設や一般病棟内のクラスター発生を防ぐのに難渋するのは致し方ないところがある。