④オミクロン株で懸念される事象
国立感染病研究所が発表している現在日本国内での感染・伝播性の増加や抗原性の変化が懸念される変異種(V0I)は下記の様になっている(2021.10.28 12:00時)(9)。
WHO呼称 | PANGO系統 | 主な変異 | 感染性 | 重篤度 | ワクチンの発症/感染に対する有効性 |
Beta | B.1.351.x | K417N, E484K, N501Y, D614G, A701V | 感染・伝播性の上昇 | 入院、入院時死亡リスクが高い可能性 | 発症に対して減弱の可能性があるものの、重症 化に対しては不変 |
Gamma | P.1.x | K417T, E484K, N501Y, D614G, H655Y | 感染・伝播性の上昇 | 入院、重症化リスクが高い可能性 | 明らかになっていない |
Delta | B.1.617.2, AY.x | L452R, T478K, D614G, P681R | 高感染・伝播性の上昇 2次感染率の上昇 | 入院リスクの上昇 | 発症と感染に対して減弱の可能性があるもの の、重症化に対しては不変 |
英国、ドイツ、アメリカ、韓国を席巻中のウイルスはDelta variant (δ株はAY1〜32まで変異が広がっている)が主体であるが、11.09に新たに南アフリカでOmicron株が出現した。ο株の現時点で確認されている情報を下記に示す(10)。世界各地でオミクロン株感染例の報告が増加しつつある。
WHO呼称 | PANGO系統 | 主な変異 | 感染性 | 重篤度 | ワクチンの発症/感染に対する有効性 |
Omicron | B.1.1.529 | G142D, G339D, S371L, S373P, S375F, K417N, N440K, G446S, S477N, T478K, E484A, Q493K, G496S, Q498R, N501Y, Y505H | 伝播性を高める/再感染リスクの増加の可能性 | 現時点では重症度について結論づけるだけの知見がない | 既存のワクチン効果が著しく低下する可能性 |
オミクロン株は、スパイク蛋白に30か所以上のアミノ酸置換(変異)、3か所の小欠損と1か所の挿入部位を持つ特徴がある(11)。スパイク蛋白の変異の15か所程度は、受容体結合部位(Receptor binding protein (RBD); residues 319-541)に存在する(10)。そのうち幾らかは既知のα、β、δ株と共通である。欠損、アミノ酸変異は、感染力の増大、ACE2への親和性の増強、免疫回避を起こす事が知られているが、これらの総合力が如何程のものかは現時点ではわからない。とりあえずのところ、オミクロン株は国内で現在使用されるSARS-CoV-2 PCR診断キットでは検出可能と考えられている。
感染力を推測するに参考となるデータとして、南アフリカにおけるオミクロン株の倍加時間を過去のα、β、δの3つの流行株と比較したものが図10である(11)。倍加時間が既知の3株よりも短い傾向があり感染力はα株と同程度かそれ以上と推定される。
今のところ若年者に対しては、過去の流行株同様に寛容であり新たな脅威として注目すべき症状はない様ではある。この株出現により、より一層65歳以上とそれ以下の年齢層にはっきりと重症化リスクの線引きがなされるのかもしれない。ただし、これぐらい多数の変異が生じると、ワクチン誘導抗体に対してADE(抗体依存性感染増強効果)が生じても不思議ではなく、倍加時間の短縮がADEによるものかどうかも考えておく必要はあると思われる。
Uploaded on Dec 17, 2021.
参考文献
1. WHO. WHO coronavirus (COVID-19) dashboard. 2021. https://covid19. who.int/ (accessed DEC15, 2021)
2.Our World in Data. Coronavirus(COVID-19) / Data Explorer, Vaccinations
3.中島一敏. 世界のCOVID19の流行と対策の歩みと今後の見通し. 日本内科学会雑誌 2021(100); 11: p2348-2354
4. Subramanian SV, Kumar A. Increases in COVID‐19 are unrelated to levels of vaccination across 68 countries and 2947 counties in the United States. European Journal of Epidemiology 2021. https://doi.org/10,1007/s10654-021-00808-7
5. Goldberg Y, Mandel M, et al. Waning immunity after the BNT162b2 vaccine in Israel. New Engl J Med. 2021. DOI: 10.1056/NEJMoa2114228
6. Chemaitelly H, Tang P, et al. Waning of BNT162b2 Vaccine protection against SARS-CoV-2 infection in Qatar. New Engl J med. 2021. DOI: 10.1056/NEJMoa2114114.
7. Bar-On YM, Goldberg Y, et al. Protection of BNT162b2 vaccine booster against Covid-19 in Israel. N Engl J Med 2021;385:1393-400. DOI: 10.1056/NEJMoa2114255
8. Pfizer quarterly corporate performance — second quarter 2021. Pfizer, July 28, 2021 (https://investors.pfizer.com/events -and-presentations/event-details/2021/ Pf izer-Quarterly-Corporate-Performance –Second-Quarter-2021/default.aspx).
9. 感染・伝播性の増加や抗原性の変化が懸念される新型コロナウイルスの新規変異株について(第14報)国立感染病研究所 2021年10月28日
10. SARS-CoV-2の変異株B.1.1.529系統(オミクロン株)について(第3報)国立感染病研究所 2021年12月08日
11. Comment: Omicron SARS-CoV-2 variant: a new chapter in the COVID-19 pandemic. https://doi.org/10.1016/ S0140-6736(21)02758-6
院長の独り言
δ+が隣国の韓国を強襲している。一見、公衆衛生対策はそこそこに行われている様には見える。これがADEによるものなのか?またはδ+の亜種の有する特徴なのかは今のところ不明であるが、カタール同様の経過を追っていることは明らかである。ここに来てオミクロン株の新たな出現、2年前に初めてCOVID-19がアウトブレークした頃の状況を思い出した。ヨーロッパもアメリカも明らかに油断をしていたはずだ。中国での騒動を対岸の火事と軽視していたことで、自国で燻り出した火種を本気で消しにかかった時には既に手に負えない大火災に進展してしまっていた。オミクロン株に対する慎重すぎるほどの現在の対応は、その時の教訓に因んだものであろう。カタールのレポートを見る限りBNT162b2 mRNAワクチン2回接種完了後2ヶ月の最強免疫武装した状況でもマスクやソーシャルディスタンシングなどの公衆衛生手段を一切やめるとかなりの頻度でδ+感染を被る事がわかる。しかも6ヶ月経過するとδ+に対する感染予防効果はほぼ帳消しの状態となるという逸話もどうやら現実の様である。δ株出現以降は、根底にある古い認識を改める必要がある。δ+の洗礼を受けている国々がどの程度公衆衛生学的感染防止策を行っているのかを目視で確認するには最近youtubeに頻繁にアップされているtown waikingの動画を見ればよくわかる。個人的な印象として明らかに日本人は、これらの再燃に難渋している国と比較して10倍以上の強度の公衆衛生学的感染防御体制を死守しているのは確かだ。