④アンギオテンシン変換酵素(ACE)、特にACE2の作用について
ACE2は、鼻腔上皮の杯細胞や気道の有毛細胞、2型の肺胞上皮細胞、心臓、脂肪組織、腎臓、小腸、大腸などに高濃度に発現している(5)。ACE2の重要な作用は、強い血管収縮作用をもたらすペプチドホルモンであるアンギオテンシン2 (Ang II : AT1-8)を異化してAT1-7 に変換することにある。AT1-7は血管拡張作用、抗炎症効果、抗線維化作用を発揮するペプチドホルモンであり、Ang IIの作用を拮抗する働きを成す。
図3a.レニンーアンギオテンシンーアルドステロン(RAAS)系におけるACE2の役割 : アンギオテンシン2(Ang II)のベース基質であるアンギオテンシノーゲン(分子量約10万の糖タンパク質)は、主に肝臓(肥満者は局所脂肪細胞からも増産される)で産生されるが、最初に腎臓(主に傍糸球体装置)から放出されるレニン(Renin)によりアンギオテンシン1(AT1-10)に変換され、さらに全身の細胞膜上に広く分布する亜鉛依存性メタロプロテアーゼであるアンギオテンシン変換酵素1(ACE1)によりAng II(AT1-8)に変換される。さらにAng IIは一定の割合でACE2により8位のアミノ酸が切断され、AT1-7に異化を受ける。腎において、Ang IIは1型アンギオテンシン受容体(AT1R)に結合すると、アルドステロンを介した体液貯留やカリウム排泄、血管収縮や炎症反応惹起のトリガーとなるが、ACE2によりAT1-7に異化されるとMas受容体を介してそれに拮抗する作用を発揮する。Obukhov AG, et al. SARS-CoV-2 Infections and ACE2: Clinical outcomes linked with increased morbidity and mortality in Individuals with diabetes. Diabetes 2020;69: p1875–1886のFigure1より引用
図3b .レニンーアンギオテンシンーアルドステロン系(RAAS)におけるACE2の役割(全身での役割) :Ang IIは1型アンギオテンシン受容体(AT1R)に結合すると、血管収縮や全身性炎症反応(SIRS)惹起のトリガーとなるが、ACE2によりAT1-7に異化されるとそれに拮抗するペプチドホルモンに変化する。ビタミンD(VitD)はRAASの抑制作用があり、レニン、ACE1、Ang IIの発現を抑える。VitDの欠乏はACE2の活性を低下させるのでCOVID19感染症の増悪リスク因子となると考えられている。この様にAT1-8とAT1-7のバランスが維持されることにより恒常性は維持されている。Somasundaram NP, et al. The impact of SARS-Cov-2 virus infection on the endocrine system. Journal of the Endocrine Society 2020: p1–22. のFigure.2より引用
⑤COVID19感染とACE2の関係
ACE2を介してCOVID19の感染が成立することは既に周知の事実であるが、感染により身体には不都合が生じる。COVID19ウイルスの侵入を受けたACE2は本来の活性を失うため侵害された分だけAng II(AT1-8)→AT1-7への異化に停滞が生じる。これをACE2のダウンレギュレーション(downregulation) というが、これにより[Ang II (AT1-8)]>[AT1-7]となり、アンギオテンシン2の過剰蓄積 が生じる(7)。この過剰蓄積の大小がサイトカインストーム(CS)の発症に関与していると考えられ、COVID19感染症の重症度に反映されてくる。
図4. COVID19感染とRAAS : COVID19ウイルスに侵入されたACE2の失活によりACE2のダウンレギュレーションが生じる。この様なACE2の調整不全は、血管収縮作用を発現するAng II(AT1-8)の著明な増加と血管拡張作用を発現するAT1-7の減少による不均衡を引き起こす。Al-kuraishy HM, et al. COVID-19 in Relation to Hyperglycemia and Diabetes Mellitus. Frontiers in Cardiovascular Medicine 2021のFigure 1より引用。
本来ACE2の過剰発現は、図3の機序から生態に有利な条件となる。薬剤起因性に生じるACE2過剰発現は、降圧剤であるACE阻害薬やAT1受容体拮抗薬使用により頻繁に認められ、また肥満(もしくは肥満を伴う糖尿病)では脂肪細胞の増加に伴うACE2過剰発現の状態にある。この様なACE2過剰発現は、高血圧患者の心血管保護作用による心血管事故の抑制に寄与し、また肥満患者は肺炎やその他の呼吸器疾患で入院治療を受けた場合、痩せた患者よりも生還率は高い。この現象は”肥満パラドックス ”とも呼ばれている(8)。
ところがACE2過剰発現状態にCOVID19感染が生じると、上述した様なAng II過剰状態が引き起こされるため全身性炎症反応症候群(SIRS)へと進展していく。ただしACE阻害薬などの降圧剤を服用している患者は、そうでない人と間で重症化に有意差はない(5)。これを説明するにはもう一つ、ACE2のShedding(切断による遊離)と高血糖による急激な酸化ストレス増強の機序を考慮する必要がある。
図5 . ACE2のSheddingとSARS-Cov2 S蛋白の活性化 : ADAM17(メタロプロテアーゼドメイン17蛋白)によりACE2は細胞膜から切断され血管内に遊離するが(soluble ACE2)、ACE2活性は温存されるので様々な場所で酵素活性を発揮できる。しかしながら遊離することでもともと細胞膜表面にACE2の発現がない細胞に対しても遊離ACE2が沈着することでCOVID19ウイルスの感染が可能になる。Obukhov AG, et al. SARS-CoV-2 Infections and ACE2: Clinical outcomes linked with increased morbidity and mortality in Individuals with diabetes. Diabetes 2020;69: p1875–1886のFigure 4より引用
ACE2のエクトドメイン(外部ドメイン)は、膜結合エンドぺプチダーゼ(ADAM17やTMPRSS2など)により蛋白分解されAT1-8→AT1-7に異化する活性を保持したまま血中に遊離して全身循環に入る。これは、ACE2のshedding と表現されているが肥満者や糖尿病患者ではsheddingが発生しやすいと考えられている。