④ BTI症例で懸念されること : BTIは変異株出現の温床か?
当然ながら、BTI症例の大部分は現時点でのその地域の流行株による感染により生じていると考えられる。少数ながら、BTI症例のウイルスRNAの変異解析が行われることでBTI症例には、流行株にはないアミノ酸変異の存在が指摘されているものがある(4)。
ウイルス感染はSIRモデルにあるように感染力βをドライビングフォース(物理量とするなら慣性力)として拡散していく。慣性力を妨げる抵抗が生じない限りウイルスが変異を起こさなければならない必然性はないが、抵抗力が存在すればそれに対抗する手段として変異により感染力を増大する必要性が生じる。一般論としては感染力増大に伴い病原性は低下すると考えられているが果たして必ずしもそうかどうかは分からない。ウイルス側にとって抵抗の代表格がワクチンによる受動免疫であることは言うまでもない。感受性個体がウイルスに対する特異免疫を獲得することでウイルスは慣性力を失い感染伝播速度は低下するが、一方ブレークスルーは変異によりこの抵抗に打ち勝った証とも言える。ブレークスールー感染により新たな変異株がどのくらい生じているかRNAシークエンス解析による監視が重要となる。
ワクチン接種率の最も進んでいるイスラエル(カタール)の追跡調査によるBTI症例に占める変異株の割合に関するレポートによるとB.1.1.7(α)およびB.1.351(β)変異株はイスラエルにおいてワクチン接種の開始された2020の12月後半に認められるようになったとある(11)。
mRNAワクチン接種者と未接種者のSARS-CoV2発症者のウイルス変異株解析の結果によると2ドーズ目完遂後のBTI発症者においてB.1.351変異株の占有率が高くなっている(図1参照)。これは2ドーズ接種後のある限定された期間(特に2ドーズ接種後7〜14日)に感染/発症に至った場合に新たな変異株が産出されている可能性を示唆するものではあるが遺伝子解析を行った母数もn=149であり示唆的な一見解として今後も厳重に監視が必要と考えられる。
[結語] mRNAワクチンによる短期的なSARS-CoV2発症抑制効果は疑う余地はないが、2回接種完遂後のブレークスルー感染(BTI)は今後さらに増加してくることはワクチン接種がある程度行き渡った諸外国の状況を見れば予見できる。BTIに関しては現在各国で厳重監視下にあるが、今後斬新な対策が必要となる可能性がある。
Uploaded on August 31, 2021.
参考文献
1. Polack FP, Thomas SJ, et al. Safety and efficacy of the BNT162b2 mRNA Covid-19 vaccine. N Engl J Med 2020. DOI: 10.1056/NEJMoa2034577
2. SARS-CoV-2 variants of concern and variants under investigation in England. Technical briefing 2120 August 2021. Public Health England
3. Butt AA, Nafady-Hego H,et al. Outcomes Among patients with breakthrough SARS-CoV-2 infection after vaccination. International Journal of Infectious Diseases 2021(110): 353–358
4. Hacisuleyman E, Hale C, et al. Vaccine breakthrough infections with SARS-CoV-2 variants. N Engl J Med 2021; 384(23): 2212-2218
5. Outbreak of SARS-CoV-2 infections, including COVID-19 vaccine breakthrough infections, associated with large public gatherings — Barnstable County, Massachusetts, July 2021 Morbidity and Mortality Weekly Report
6. SARS-CoV-2 variants of concern and variants under investigation in England. Technical briefing 16 18 June 2021. Public Health England
7. Hospitalized or fatal COVID-19 vaccine breakthrough cases reported to CDC as of August 9, 2021. Center of Disease Control and Infection.
8. SARS-CoV-2 Vaccine Breakthrough Surveillance and Case Information Resource, Washington State Department of Health August 11, 2021
. Abu-Radded LJ, Chemaitelly H, et al.Assessment of the risk of severe acute respiratory syndrome coronavirus 2 (SARS-CoV-2) reinfection in an intense reexposure setting. Clitical Infectious Disease 2020. DOI: 10.1093/cid/ciaa1846
10. Wajnberg A, Amanat F, Firpo A, et al. Robust neutralizing antibodies to SARS- CoV-2 infection persist for months. Science 2020; 370:1227–30.
11. Kustin T, Harel N, et al. Evidence for increased breakthrough rates of SARS-CoV-2 variants of concern in BNT162b2- mRNA-vaccinated individuals. Nature Medicine 20121(27): 1379–138
[院長の独り言] ワクチン接種以外の鳴り物と謳う対策は特に追加されているわけではありませんが、現在SARS-CoV2は、昨年同様、固有の周期でピークアウトを始めた様に見えます(このウイルスの感染状況を左右する重大な因子は、雨天の継続日数ではないかと推測しています)。事実上、ウイルスの自己都合により我々は翻弄されている印象が強いと感じている方もおられるのではないでしょうか。δ変異株の出現により既存のmRNAワクチンで誘導される抗体の親和性が低下しているのは事実で、ブレークスルー感染は今後ますます増加してくると思われます。UK, USAはワクチン接種の推奨によりマスク生活からの離脱を試みましたが、このマスク解除の大規模トライアルでは、結局のところ感染防止対策の主砲がマスク着用であることに太鼓判を押したに過ぎなかった様です。ブレークスルー感染は全ての株で生じると考えられますが、現時点のレポートではα〜δ株のブレークスルー感染の混合評価となっているため、特にRBD領域に脅威となりうるアミノ酸変異を起こした変異株によるブレークスルー感染に関しては過少評価されている可能性があります。もしRBD領域に変異を生じた変異株のブレークスルー感染により死亡率が上昇するのであれば、懸念されていたADEの関与を真剣に検討する必要性があります。ワクチン頻回 接種は、考えるべき重要な問題をほんの少し将来に先延ばししているだけではないのかという命題に関して真摯に向き合うべき時ではないでしょうか?