Case 13; IHS: 腸腰筋血腫(Iliac Hematoma)の症状(大腿神経麻痺/知覚障害)と減圧治療のタイミングに関して、と高度の水腎症と下肢の浮腫を伴う歩行困難症が主訴の1ケースレポート

Iliacus Hematoma Syndrome (IHS): 腸腰筋血腫症候群

腰椎と骨盤を連結する筋群を腸腰筋といい、大、小腰筋(Major/Minor Psoas Muscle)と腸骨筋(Iliacus Muscle)のことを示します。この筋群(特に腸骨筋、大腰筋)の内部になんらかの原因で出血を生じた場合、血腫による筋体積の拡大により周辺構造物の圧排を引き起こします。主な障害として、大腿神経麻痺、水腎症、下肢静脈還流障害による下腿浮腫や深部静脈血栓症があります。

尿管は大腰筋((major) Psoas Muscle: PM)の前方内側を走行する為PM内に大血腫が生じると尿管が圧排され水腎症/水尿管症を生じることが想定されます。一方で大腿神経はPM内で形成され、腸骨筋(Iliacus Muscle: IM)とPMの筋鞘/筋腱接合部から鼠径靭帯をクロスする方向に走行する為IM内に血腫が生じると容易に大腿神経麻痺や知覚異常が生じうることが想定されます。しかしながらPMは筋内部の容量負荷に対してかなり寛容で2L近い出血まで内圧の上昇は緩やかであるが、IMは容量負荷に対して内圧上昇が著明なため大腿神経麻痺の症状は主にIM内に血腫が生じると容易に引き起こされると考えられています。このことは、IM血腫の場合は、単独血腫でも緊急性が高く減圧処置が必要となる可能性があるが、PM単独血腫の場合は保存的に対処可能であることを暗示するかもしれない。大腿神経の圧迫性虚血は、早期に解除した方が麻痺の改善も良好であるので神経症状を呈する症例ではいずれにおいても早々に積極的な減圧が必要と考えられます。

Retroperitoneal hematoma(RPH: 後腹膜血腫)とは、後腹膜(主に腹部の背中側の脂肪組織内や筋肉内部)に出血を生じた病態で、抗凝固療法(特にワルファリン服用下)患者の1.3〜6.6%に、血友病患者の5.5〜10.4%に認められると報告されています。基礎疾患がない場合は、非常に稀な疾患ですが、交通外傷(特に座位で急激に股関節が過伸展されるような外力を受けた場合)では巨大血腫の形成により、出血性ショックに陥ることがあるため注意が必要です。


IHSの単独症例ではショックに陥ることは稀と考えられますが、血腫が大腰筋に生じている場合は背部痛や下腹部痛を訴え、血腫が腸骨筋に生じている場合は鼠径部痛や大腿上部の痛みを訴え股関節屈曲位を取ることが多いようです。ところがこの症状は閉鎖孔ヘルニアと同様の症状ですので高齢女性の場合は症状からの鑑別は困難と考えます。

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