mRNAワクチンの予防効果(PE)は、2回接種完了後14日〜60日前後がピーク値と考えられこの時点では、WT[いわゆる問題となる変異を持たない初期株相当]、B.1.1.7[イギリス株(α)]に対してPE=95%前後の発症予防効果があると報告されてきた(1)。最近では時間経過や新たな変異株出現[B.1.351(β)やB.1.617.2(δ)]に伴うPEの減衰が報告されてきた(したがってPE≦95%ということになる)。
PE≦95%の表現する意味は、あるナイーブ(感受性のある)な人口集団の半数に規定通りのmRNAワクチン接種を行った場合、2回接種後以後の時間軸ではその人口集団全体で新規発症したSARS-COV2患者数の少なくとも5%以上はワクチン接種完了者であることに相当する。PE減衰を考慮すると接種完了から時間が経過するほどこの割合は上昇すると予測されるが、このブレークスルー感染(BTI)の内訳(年齢分布や重症度など)に関しての報告論文は現時点では非常に少数しかなく、BTIの増加を軽視して良いものなのかどうかは今のところ結論が出ていない。
まず、煩雑に思えてきた変異株の名称について整理しておく(表1参照)。VOC [Variants of Concern]は懸念される変異株を示し、VUI [Variants under Investigation]は新規変異株を示す(2)。
現時点で世界を席巻している変異株は、δ変異株、すなわち、B.1.617.2, AY.1, AY2,およびAY.3である。
①BTIの定義
BTIの定義は、mRNAワクチンを標準投与法に従い21日間隔で2回接種完了後14日以後で新規発症した患者で少なくとも1回以上のPCR検査で陽性が確認された場合となっている(4)。基本的にワクチン2回接種後はほぼ発症しないという共通な固定概念が医療従事者ーワクチン接種完了者の間にあるため、有症状でも受診しない(受診してもPCR検査を行わない)可能性があるため過少報告値なるのは致し方なく無症候症例は定期的にPCR検査の実施を受けているような特殊な環境下でしか指摘されていない(ワクチン接種の有無にかかわらず無症候性症例の拾い上げは現実的には極めて困難であることは言うまでもない)。
② BTI症例のウイルス量(viral load)
当初BTI症例の鼻腔検体のPCR検出のサイクル数(Ct値)は、自然感染症例よりも大きい(Ct≧25 cycle)とも報告されておりウイルス拡散量は低いと考えられていたが、δ変異株の席巻もあり現時点では自然感染症例と大差ないと言われている(3,4)。このことはBTI症例は自然感染症例と同等の感染力を有していると考えられ感染リスクも同等と考えらるようになった。
2021年、7/3~7/17にマサチューセッツで開催された大規模なサマーイベントに伴い発生したBTIのアウトブレーク症例のPCRによるウイルス量測定の報告によると図1の如くワクチン未接種者とワクチン接種完了者に差は認められなかったとある(5)。
Hacisuleymanらは、mRNAワクチンBNT162b2 (Pfizer-BioNTech)または、mRNA-1273 (Moderna))の標準2回接種を完遂した417症例から2症例のBTI症例を確定診断しウイルスRNAの塩基配列を同定し報告している(4)。
E484Kアミノ酸変異が一方(Patient 1)の症例に認められ、T95I, del142-144, D614Gアミノ酸変異が両方の症例に共通して認められた(表1参照)。Patient 1にウイルス量は195,000 copies/ml(唾液)と非常に多く、patient 2は、400 copies/mlと少量であった。両者の血中中和抗体価は高値であった。
この解析が行われた時点(2020年3月30日近傍)では、ニューヨークにおいてWTよりも変異株の流行が主要な分画を占めていて、B.1.1.7変異株(α)が26.2%、B.1.526変異株(ι)が42.9%を占めていた状況であった。しかしながら、このシークエンス解析で得られた結果は流行株のB.1.1.7とB.1.526に認められない新しい変異が付加されていた。B.1.526と共通するT95I, E484K, D614Gに加えて、patient 1ではdel144, A570D, P681H, D796H、patient 2ではG142V, del144, F220I, R190T, R237K, R246Tの置換が付加されていたがD796Hはその時点で同定されていない新しい変異である。