美観地区:紅葉の中の宝石

ちょっと季節が前後しますが、 国指定重要文化財『旧大原家住宅 』(現・語らい座 大原本邸)周辺の紅葉です。

2016年11月撮影 旧大原家住宅 手前は倉敷川

2016年の紅葉です。毎年見事な紅葉を見せてくれるのですが、この年は本当に綺麗でした。少しアップにします。宝石が写り込んでいるのが分かりますか?

2016年11月撮影 旧大原家住宅周辺

右下の枝の上です。そうです「カワセミ」です!

2016年11月撮影 カワセミ

タイミングよく撮影できたのはこの時だけです。丁度持っていたスマホで撮りました。スマホではどうしても解像度があまく、一眼レフカメラで待ち構えたこともあるのですが、そんな時にはカワセミは飛んで来てくれません。動きも早いですし、鳥を撮影するのは本当に難しいですね。

カワセミ 著作権フリー写真より引用

まともに撮影できたのは一度だけだったのですが、何度か撮影チャンスはあったんです。しかも同じ場所(旧大原家住宅周辺)で。調べてみると、カワセミは個体ごとにお気に入りの場所があるんだそうです。行きつけの場所ということですね。

食べ物は、小魚や水生昆虫、エビやザリガニ、なんとカエルも食べるみたいです。木の実をついばむという感じではないんですね。確かに、水中にズボッと飛び込む姿を何度か見かけたことがあります。小型で宝石のように美しい鳥ですが、なかなかアグレッシブです。

カワセミは日本全国に生息している鳥です。渡り鳥のように季節によって移動することはなく、その地域に留まる鳥で、基本的に同じ場所で暮らし続けるそうです。また会えるのを楽しみに散歩したいと思います。

※カワセミは平成15年3月24日に倉敷市の鳥として制定されていました!

美観地区のなまこ壁

倉敷美観地区と言えば、白壁の蔵屋敷。そして、なまこ壁です。

2020年2月撮影
倉敷考古館 東側面

なまこ壁とは海鼠(ナマコ)壁です。平らな瓦を外壁に張り付けて、目地を漆喰(シックイ)で盛り上げて埋めるという手法で仕上げられています。この漆喰の盛り上がりの断面が半円形で、ナマコの形に似ているということで、この名前が付けられたそうです。

2020年2月撮影
なまこ壁 目地の漆喰の盛り上がり

なまこ壁の種類は色々あります。倉敷美観地区で多く見られるのは3種類です。「張り」「張り(馬乗り張り」「四半張り」です。

倉敷美観地区の3種類のなまこ壁

「芋張り」⇒芋の根っこが規則正しく伸びている様子に似ている、「馬張り」⇒馬の歩いた足跡が交互になっている様子に似ている、ということでこの名前が付いているそうです。「馬乗り張り」については、人が馬に乗っていると見立ててとか、縦の2本の線が馬の脚でその上の水平な線の中央から縦に伸びる線が馬の首と見立てて等、解釈が分かれていました。何れにしても、身近で大切な動物であった馬にちなんだネーミングであったということです。

この「芋」とか「馬」とかいう表現、今日でも建築業界でタイルの目地の表現として普通に使われています。

そして「四半張り」⇒縁に対して45度になるように斜めに傾けて張る、ということみたいです。180度(水平)の4分の1(四半)で45度ということでしょうか?細かいことが気になります。

なまこ壁の本来の目的は防水だったようです。
土壁は雨に弱いので、土が雨に流されないよう漆喰を塗りました。ところが漆喰もそもそも水を吸う素材だったので、雨が直接当たらない場所に使用することにし、壁の下部には板の腰壁を張るなどして対応してきました。防水のことだけ考えたら、これでバッチリなのですが、板を使用するということで残念ながら防火には不向き。そこで考え出されたのがなまこ壁だったんです。雨や火に強い瓦(平瓦)でなるべく土壁を覆い、目地は漆喰で雨に流されないよう分厚く塗る。防水・防火に見事対応したというわけです。

なまこ壁の一番古いタイプは「芋張り」なんだそうです。シンプルですし、まずはこれからだったのでしょう。水はけの面から、徐々に「馬張り」そして「四半張り」になっていったようです。「四半張り」は斜めですし、確かに水の通りが良さそうですね。

ちなみに、倉敷美観地区では、「馬張り」と「四半張り」が主流だと思います。「芋張り」は店の正面の壁に使われているのを見かけます。

  

倉敷考古館 東側面の後方の壁

倉敷考古館の東側面の後方の壁は、目地の漆喰の部分があまり盛り盛りしていません。前方部分はしっかりなまこ壁なんですが。あえてそうなのか、張られた時期が違うのか。おもしろいですね。

なまこ壁は見た目の美しさだけではなかったんです。

大原美術館:『カレーの市民ージャン=デール』ロダン

大原美術館本館入口、向かって右側に立っています。

2020年2月撮影 大原美術館本館入口前

左側には同じくロダン作の『説教する聖ヨハネ』が立っています。館外ということで写真撮影は自由です。記念撮影をする観光客の姿がよく見られます。

大原美術館
オーギュスト・ロダン(1840-1917)
『カレーの市民-ジャン=デール』1884-1886

【鑑賞の小ネタ】
・『考える人』で有名なあのロダンの作品
・『カレーの市民』は6人の群像
・大きな鍵を持っている
・戦時中の金属類回収令から免除される

『カレーの市民』は、イギリスとフランスの百年戦争(1337~1453)のエピソードをもとに制作されました。イギリス王のエドワード3世は、フランス北部の重要な港町カレーをほぼ一年間も包囲(カレー包囲戦1346年9月4日~1347年8月3日)しました。長引く包囲戦のため、カレー市民は飢餓に陥り、降伏を余儀なくされました。エドワード3世は、カレーの主要な人物6人の命と引き換えに、カレー市民を救うと持ち掛けました。そしてその6人に対して、下着姿で首に縄を巻き、城門の鍵を持って出頭するよう要求しました。市民のために、自ら6人が名乗り出たわけですが、最初に進み出たのは長老のウスタシュ・ド・サン・ピエールで、次に続いたのがジャン=デールだったそうです。
エドワード3世の妃の説得(生まれてくる子どもに殺戮は悪い前兆になるから止めて!)により処刑は中止されましたが、この勇敢な6人の逸話は後世にまで語り継がれることとなります。

余談ですが、名前に「」がある人を時々見かけると思います。カレーの市民のウスタシュ・・サン・ピエール 、ポスターで有名なアンリ・・トゥ―ルーズ=ロートレック等々。言語圏によって異なるようですが、貴族階級出身者の証なんだそうです。「」 はフランス系貴族です。カレーの市民6人のうち4人の名前に「」がありました。ジャン=デールは貴族ではなく、誠実な商人だったそうです。

ロンドン ウエストミンスター宮殿 ヴィクトリア・タワー・ガーデン
『カレーの市民』 1908年鋳造、1915年設置

右から2番目がジャン=デールです。大きな鍵を持ち、首には縄が見えます。オリジナルの鋳型から作られる『カレーの市民』は、ロダンの死後、12点しか鋳造されませんでした。

大原美術館の『カレーの市民-ジャン=デール』は、1922年に児島虎次郎がロダン美術館で交渉し、鋳造してもらったものだそうです。長引く戦時下で、金属類回収令が出され、供出(キョウシュツ:政府などの要請に応じて金品などを差し出すこと)物件とされましたが、免除されています。岡山県下で約170体の銅像が供出対象となり、残されたのは、大原美術館のロダン作品『カレーの市民』と『説教するヨハネ』の2体を含め、計7体のみだったそうです。ロダン作品は敵側の芸術作品でもあるので、よくぞ残されたと感動します。(大原美術館ホームページ参照)

ところで、6人の中から、なぜ、ジャン=デールを選び鋳造してもたったのでしょうか?6人の表情を見比べてみてください。不安や苦悩を表現したものが多いと思いませんか?そうした絶望的な雰囲気の中で、ジャン=デールだけ、すっと前を向き全てを受け入れた表情で静かに力強く立っている感じがするのです。重要な城門の鍵も持っていますね。ジャン=デールが選ばれた理由はその辺りなのかなと想像しています。

大原美術館:工芸・東洋館入口前の生け花

いつの頃からか、美術館スタッフにより生けられるようになったそうです。

2020年1月撮影

1月の生け花です。蝋梅(ロウバイ)と万両(マンリョウ)と寒椿(カンツバキ)でしょうか?季節に合った花がいつも生けられています。この場所で生け花を目にした時、え?と思いました。生け花と言えば、屋内で花器や花瓶に生けられるイメージが強かったからです。屋外で、周りの植え込みに溶け込みつつも存在感を発揮するその姿が、なんともグッときます。

  

2020年2月撮影

2月の生け花です。二ホン水仙と梅でしょうか?木瓜(ボケ)にも似ていますが、時期的に梅だと思います。

屋外という事で、雨や風に比較的強い花が生けられているように思います。ついさっきまで庭で咲いていた花たちが今そこに生けられてるって感じです。

それにしても、似たような花って多いですよね。万両(マンリョウ)や千両(センリョウ)や十両(ジュウリョウ)、椿(ツバキ)や寒椿(カンツバキ)や山茶花(サザンカ)、梅(ウメ)や木瓜(ボケ)や桜(サクラ)等。詳しい方も多いと思います。違っていたらすみません。

大原美術館は本館、分館、工芸・東洋館とに分かれています。開館時間は9:00~17:00です。開館時間内であれば、館内に入らない限り、見学は自由となっていますので、ぜひ行ってみてくださいね!

大原美術館:ふさがれた窓

大原美術館本館、西側の外壁です。

2020年2月撮影
大原美術館本館西側外壁

第一印象は、お洒落なデザインの外壁だな~でした。長方形がきれいに並んでいます。それぞれの長方形の上部は、少し盛り上がっていて、まるで窓枠のようです。

しばらくして、やはり窓枠だったことを知りました。この長方形は、かつての窓だったんです。盗難被害にあったため、すべての窓を塞いだ結果だったみたいです。

    

1963年、ジャン=バティスト=カミーユ・コローの『ナポリの風景』がすり替えられて盗難にあっています。現在も行方不明だそうです。
そして1970年、本館2階に展示されていた作品で、5点が盗難にあいました。ジョルジュ・ルオーの『道化師(横顔)』、アルマン・ギヨマンの『自画像』、ギュスターヴ・モローの『雅歌』、エドゥアール・ヴュイヤールの『薯をむくヴュイヤール夫人』、フィンセント・ファン・ゴッホの『アルピーユへの道』です。1972年、全ての絵画が回収され、事件は見事解決しています。本当に良かったと思います。

盗難から無事戻ってきた絵画を紹介します。実物を観たらよく分かるのですが、持ち運びし易い比較的小型の作品ばかりとなっています。

大原美術館
ジョルジュ・ルオー(1871-1958)
『道化師(横顔)』1926ー1929
大原美術館
アルマン・ギヨマン (1841-1927)
『自画像』1890-1895
大原美術館
ギュスターヴ・モロー(1826-1898)
『雅歌』1893
大原美術館
エドゥアール・ヴュイヤール (1868-1940)
『薯をむくヴュイヤール夫人』 1893
大原美術館
現在は公開されていない

ところで、このゴッホの作品らしき絵、なんと贋作だったそうです。これはこれで、良い作品のように思えるのですが…。ちなみに本物はこちらです👇

クリーブランド美術館
フィンセント・ファン・ゴッホ (1853-1890)
『アルピーユへの道』 1889

建物に歴史ありですね。