大原美術館:『花』フレデリック

作品のタイトルは『花』。これはアジサイですよね?

大原美術館
レオン・フレデリック(1856-1940)
『花』1920

【鑑賞の小ネタ】
・ベルギー出身の画家
・1929年に男爵の称号を受ける
・「大きな絵」を描いた画家の作品

大原美術館のあの大きな絵大原美術館:『万有は死に帰す、されど神の愛は万有をして蘇らしめん』フレデリック)の作者と同じ、レオン・フレデリックの作品です。大きな絵のインパクトがあまりにも強いので、こんな感じの絵も描くんだとちょっと意外でした。 まずはサイズですね。『花』は74.8×62.5㎝で、特に小さな絵というわけではありませんが、なんせあの大きな絵は全長11mなので、サイズの違いにちょっと驚きです。そして、絵が醸し出す雰囲気の違いでしょうか。大きな絵は宗教色の強い迫力のある絵です。それに比べて『花』はなんとも穏やか。筆者はそう感じました。

雰囲気の似た花の絵の作品はないかなと思って探していたら、ありました👇

アントワープ王立美術館
『満開のシャクナゲ』1907

作品名は『満開のシャクナゲ』となっています。この可愛らしい女の子、何才くらいに見えますか?3~5才といったところでしょうか?なんとなく作者フレデリックの娘かなと思って調べていたら、別名で『芸術家の娘、ガブリエル・フレデリック』というものがありました!やはり、娘のガブリエルだったようです。

過去記事(大原美術館:『万有は死に帰す、されど神の愛は万有をして蘇らしめん』フレデリック)で書きましたが、ガブリエルは第一次世界大戦(1914年―1918年)中に亡くなっています。そして大きな絵の中にはガブリエルが描き込まれています。『満開のシャクナゲ』の中の女の子はそのガブリエルの幼児期ということになりますね。なんだかテンションが上がりました。

ガブリエルは、大きな絵の中に描かれているその年頃に亡くなったと筆者は聞いたことがあります。大きな絵の中のガブリエルは14~16才くらいに筆者には見えていました。『満開のシャクナゲ』のガブリエルが3~5才だとすると、絵の制作年と第一次世界大戦期間から考えて、それぞれの絵の中のガブリエルの年格好は確かにそのくらいになると思いました。

『花』1920は、娘ガブリエルが亡くなった後の作品ということになります。紫または青色のアジサイに何か意味があるのでしょうか? 紫・青のアジサイの花言葉は「冷淡」「無情」「浮気」「知的」「神秘的」「辛抱強い愛」でした。亡くなった後なので「無情」かなと思いましたが、絵の雰囲気からそれはちょっと違うかなと。筆者はやはり、窓辺の穏やかな時間と空気を感じてしまいます。ちなみにシャクナゲの花言葉は、「威厳」「荘厳」「危険」です。なんだか物々しいです。花言葉はあまり関係ないのかもしれませんね。

『花』と『満開のシャクナゲ』の共通点がいくつかあります。まず、アジサイとシャクナゲはどちらも植木鉢に植えられています。そして、花の側には窓が描かれていて、どちらも室内ということが分かりますね。大きく違うのが、やはり、ガブリエルの存在です。ただ、『満開のシャクナゲ』のことを知ってからは、なんとなく『花』の中にガブリエルの気配を感じなくもない。『満開のシャクナゲ』の制作年は1907年で『花』は1920年です。構図や雰囲気の似た絵ということから、もしかしたらフレデリックは『花』を描く時、『満開のシャクナゲ』のことを思い出していたかもしれませんね。

ところで、なぜ花瓶に切り花ではなく、どちらも植木鉢だったのでしょうか?何か意味があるかもと調べていたら、すごい論文を見つけました!引用します👇

植木鉢が窓辺に描かれるとき、多くの場合、それらは「室内の女性」と結びつけられている

植木鉢の意味するもの―西洋絵画に表わされた「nature」と「culture」―
                   学習院大学 有川治男

素晴らしい✨ 人の姿が描かれていない『花』でしたが、植木鉢が窓辺に描かれていることから、「室内の女性」と結びつけられました。これはもう、ガブリエルの気配を強く感じて良いのではないでしょうか。

     

『満開のシャクナゲ』つまり『芸術家の娘、ガブリエル・フレデリック』を介して、『花』と『万有は死に帰す、されど神の愛は万有をして蘇らしめん』が繋がったような気がしました。絵のサイズの差こそあれ、絵に込めるフレデリックの想いは同じだったのかもしれませんね。

大原美術館:『善き盗人』デヴァリエール

作品名は『善き盗人』です。盗人なのに、善き?

大原美術館
ジョルジュ・デヴァリエール(1861-1950)
『善き盗人』1913

【鑑賞の小ネタ】
・キリスト教の磔刑シーン
・盗人は2人描かれている
・キリスト教美術の再興に貢献

現在展示中の『キリストとマドレーヌ』(大原美術館:『キリストとマドレーヌ』デヴァリエール①)は、聖書には記述がない場面ということでした。この『善き盗人』は、聖書に記述のあるキリスト磔刑(たっけい:十字架刑)シーンを描いたものです。十字架にかけられるのはキリストと盗人2人で、キリストを中心に両側に盗人という位置関係で描かれることが多いです。

ルーブル美術館
パオロ・ヴェロネーゼ(1528-1588)
『磔刑』1584

2人が盗人ということは漠然と知ってはいましたが、「善き盗人」とはどういうことなのか筆者は知りませんでした。調べてみたらすぐに判明。キリスト教的には常識のようです。宗教画を理解するためには、やはり、ある程度その宗教を知らないとだめですね。

「善き盗人」はディスマス(Dismas)と呼ばれる盗人で、キリストの右手側(向かって左)に描かれるようです。そしてもう一人の盗人は、ゲスタス(Gestas)と呼ばれる「悪しき盗人」で、キリストの左手側(向かって右)に描かれるということです。「右」は英語で「right」、「正しいこと」などの意味も持っています。だから、キリストの右側に「善き盗人」の方を描くのかなとちょっと思いました。

「善き盗人」は「キリストには罪がない」と述べ、「悪しき盗人」は「メシアなのに自分も我々も救えないのか」と悪口を言ったということです。そして、「善き盗人」は顔をキリストに向けるように描かれ、「悪しき盗人」はキリストから顔をそむけるように描かれることが多いようです。

大原美術館の『善き盗人』を見てみると、キリストの右手側にいる盗人が大きく描かれ、グッと顔をキリストに寄せているのがよく分かります。少し離れて左手側に描かれている「悪しき盗人」の方は、後ろ姿になっていて、かなりうなだれた様子で描かれています。

ところで、絵の中に文字があるのが分かるでしょうか ? まず1つ目。キリストの十字架にある「INRI」です。ラテン語 IESVS NAZARENVS  REX  IVDAEORVMの頭文字で、日本語では「ユダヤ人の王、ナザレのイエス」と訳されます。そして2つ目。「KYRIE ELEISON」は「主よあわれみたまえ」の意、だそうです。

次に、絵の後景を見てみたいと思います。城壁のような建物にグルっと囲まれているように見えますね。キリストが磔刑に処せられた場所はゴルゴダの丘と言われています。磔刑当時は丘だったので、この建造物は後世に建てられた何かだと思いました。最も可能性が高いのは聖墳墓教会です👇

出典:Wikipedia 聖墳墓教会

聖墳墓教会はエルサレム旧市街にあるキリストの墓とされる場所に建つ教会堂です。ゴルゴダの丘はこの場所にあったとされています。4世紀にローマ皇帝コンスタンティヌス1世によって建造されました。イスラム時代の11世紀に教会は破壊されましたが、十字軍の占領以降、何度も再建・増築されたそうです。

背景でもう1つ。黄色の棒のようなものがいくつも描かれています。これは何でしょうか? 磔刑の場面なので、兵士の槍かなと思いました。

ルーブル美術館
シモーネ・マルティーニ(1284年頃―1344)
『十字架を背負うキリスト』1335

この絵👆は、キリストがゴルゴダの丘まで歩いた道中でのワンシーンですが、槍を持った兵士が描かれているのがはっきり分かります。キリストの周りには、槍を持った兵士がいたということです。そうするとやはり、黄色い棒は槍なんでしょうか?『善き盗人』の画面中央の奥にも黄色い棒は描かれていて、その黄色い棒の先をよく見ると、少し黒く塗られているのが分かります。これだと槍に見えなくもない。黄色い棒は、多分、槍で大丈夫だと思います。

宗教や神話、歴史画は、隅々までじっくり見ると、様々なことやものが描き込まれていることに気づくと思います。これは何かな?と思ったら、ちょっと調べて、もう一度その絵を鑑賞すると理解が深まっておもしろいと思います。ちなみに『善き盗人』には、聖母マリアやマグダラのマリアらしき女性の姿も見えますョ。

大原美術館:『ミュージック・ホール』デヴァリエール

派手目のドレスと帽子を身につけた女性が3人、いますねぇ。

大原美術館
ジョルジュ・デヴァリエール(1861-1950)
『ミュージック・ホール』1903

【鑑賞の小ネタ】
・フランスの画家
・ギュスターヴ モローと親交あり
・宗教芸術復興運動に貢献
・都会の風俗も多く描く

怖いくらいキッとした表情の女性が3人描かれています。この雰囲気を作り出しているのは、3人の鋭い眼光だと思っていました。でも、はっきりと目が確認できるのは意外にも中央に座っている女性のみなんです。もう少しじっくり見てみることにします。

奥に座っている女性、この画像では暗くて目がどうなっているのかよく分かりませんよね。現在展示中の実物をよく見てみると、なんと瞳孔の輪郭が描かれているのが確認できるんです。気付いた時、おっ!となりますョ。奥に座っている女性はしっかりこちらを見ていました👁👁 立っている女性の方はどうでしょう?目を細めて少し遠くを見ているように筆者には見えます。

この雰囲気を作り上げている重要なアイテムがもう1つあります。煙草です。気が付いたでしょうか? 座っている女性2人とも指に挟んでいます。火もついていて、煙も描かれています。煙草があるかないかで雰囲気も随分変わってきそうですね。

「ミュージック・ホール」とは、ビクトリア王朝時代(1837年~1901年)のイギリスで流行した、歌、踊り、寸劇、奇術などの大衆芸能を上演する施設のことです。

ピーター・ジャクソン
『ビクトリア朝のミュージックホール』

イングランド地方の小さなタバン(tavern、居酒屋兼宿屋)で、客が酒を飲みながら演芸を楽しむタップルーム(taproom、酒場になっている部屋)でのコンサートがミュージックホールの起源のようです。Music Hall(ミュージックホール)は、フランスでは英語と同じ綴り(つづり)でミュジコールと発音するそうです。20世紀に入るとミュージックホールは大規模なバラエティ劇場に押されて勢いを失いました。第二次世界大戦後はロンドンにごくわずか残存したに過ぎなかったようです。

デヴァリエールはフランスの画家ですが、この『ミュージック・ホール』はロンドンのナイト・クラブを描いたものであるという記述がありました。本場イギリスのミュージック・ホールだったんですね。

『ミュージック・ホール』の制作年1903年と同じ頃の作品がこちら👇

プティ・パレ美術館
『マダムPBの肖像』1903
個人蔵
『ビッグハット』1903-1904

ゴージャスな婦人の肖像画を多く描いていたようですね。デヴァリエールはその後、徐々に宗教画へ傾いて行きます。

美観地区:倉敷川の白鳥(2024年春)④

2024年5月26日、今日は2羽とも川に出て来ていました!

久しぶりに2羽揃っているところを見ました。でも、巣は?と思ってしまい、嬉しいような悲しいような…。

相変わらず仲良しです(^-^)

丁度1週間前の午前10時50分くらいに白鳥のエサやりに遭遇し、クルクル回る白鳥(美観地区:倉敷川の白鳥(2024年春)③)を見たとお伝えしました。その時は静止画のみでしたので、今回は動画を撮ろうと午前10時45分くらいからスタンバイすることにしました。エサやりが始まるのか不明でしたが、しばらく待っていると👇

エサやりが始まりました!妙に嬉しかったです。容量の都合で3秒だけになってますが、実際には1分38秒の動画が撮れています👍 エサが入った青いバケツからエサ箱にエサが移され、エサ箱が川に下ろされるまでの間、今回も白鳥はクルクル回っていました(^-^) 時間は午前10時56分くらいでしたので、先週とほぼ同時刻ですね。 動画に登場している手前の白鳥がオスで、回転もアグレッシブなのが分かると思います。メスはというと、オスがあまりにもクルクル回るのでまぁ回っとくかみたいな感じの回り方でした。筆者が思うに、このメスは基本的にいつも冷静です。大フィーバーでここぞとばかりに回り続けるオスがちょっとおもしろかったです。

気になるのは巣です。動画撮影後、巣を見に行くと👇

白いもの(卵)は確認できませんでした。そしてなんと、エサやりをされている管理人の方も巣を見に来ていました。やはり、4月中旬あたりから白鳥たちに何かしら異変があったことは間違いなさそうです。

このまま2羽が川に出て来てスイスイ泳ぐ日が続いたら、今回の騒動は残念ながら終わりかもしれませんね。

      

白鳥がいるこの辺りは、大原美術館が近いこともあり、観光中の多くの方々が足を止める人気のスポットとなっています。個性豊かな(特にオス)白鳥たちを、ぜひご覧ください(^^)/

大原美術館:『キリストとマドレーヌ』デヴァリエール②

投稿記事(大原美術館:『キリストとマドレーヌ』デヴァリエール①)の続きです。

大原美術館の図録に次のような記述がありました。引用します👇

激戦地ヴェルダン近 郊に献堂されたドゥオモン納骨堂内のステンドグラスに、デヴァリエールはかつて受難と慈愛を表した《キリストとマドレーヌ》の構図を転用します。しかし、ここでキリストが強く腕に抱いたのは、大戦で十字架にかけられた兵士でした。

大原芸術研究所・大原美術館.異文化は共鳴するのか? 大原コレクションでひらく近代への扉.公益財団法人大原芸術財団, 2024, p.56

『キリストとマドレーヌ』の構図を転用したとされるステンドグラスの作品が気になって、色々探してみました。そして、やっと見つけました👇

ドゥオモン納骨堂の礼拝堂
ステンドグラス
1927

多分、このステンドグラスだと思います。この画像の説明に「La Redemption(償還)」とありました。新約聖書で「償還」は、「捕らわれの身または罪から自由への救出」の意味で使用されるそうです。

少し解像度の高い画像を見つけました👇

キリストが兵士をギュっと抱きしめ包み込んでいるのがよく分かります。キリストの腕の中で兵士は救出され、天に昇ることでしょう。

大原美術館
『キリストとマドレーヌ』1905
ジョルジュ・デヴァリエール(1861-1950)

デヴァリエールは『キリストとマドレーヌ』の構図をこのステンドグラスに転用したということなので、やはり、キリストがマドレーヌの肩をかりて立っているということだけでなく、マドレーヌの肩を抱いて包み込んでいるという解釈で良いのではないかと思いました。キリストが抱きしめる様子は、ステンドグラスの方が分かりやすいですよね。両腕でしっかり兵士を包み込んでいます。

ステンドグラス作品の制作年は1927年なので、デヴァリエールが戦争で息子を失った(1915年に戦死)後です。様々な思いが込められた作品でしょうね。

※ドゥオモン納骨堂礼拝堂のステンドグラスデザインはデヴァリエールですが、ステンドグラス職人はジャン・エベール=スティーブンスです。