ミュシャの出世作『ジスモンダ』

過去記事で、ロートレックボナールのポスターについて少し書きましたが、筆者はミュシャのポスターも大好きです。ミュシャはアール・ヌーボーを代表する画家です。筆者の自宅の壁には、ジクレープリントポスターがいくつか飾られているのですが、その中の1つにミュシャのポスターもあります。

次の作品は、ミュシャの出世作『ジスモンダ』です。ミュシャの芸術家人生の転機となった作品といえます。

アルフォンス・ミュシャ(1860-1939)
『ジスモンダ』1894

『ジスモンダ』のポスターは、ミュシャについて語る時、外すことが出来ない作品なので、ファンにはお馴染みの作品ではないでしょうか。モデルはフランスの舞台女優のサラ・ベルナールです。

出展:Wikiwand 「ジスモンダに扮した
   サラ・ベルナールの写真。」1894年

『ジスモンダ』の制作に至るまで、ミュシャは主に本や新聞、雑誌の挿絵の仕事をして生計を立てていました。

「本のイラストレーション」 1890年
出展:Wikipedia
   ミュシャ初期の挿絵 
   『白い象の伝説』1894年刊行

1894年12月26日、ミュシャは、友人のクリスマス休暇の代わりに、ルメルシエ印刷所で校正の仕事をしていました。そこに、サラ・ベルナール主演の宗教劇『ジスモンダ』のポスターの依頼が舞い込んだのです。急遽舞台の再演が決定したため、翌年の1月1日までにポスターを用意しなければならなくなったそうです。クリスマス休暇中だったため、そこにいたデザイナーはミュシャ1人でした。ミュシャはその仕事を引き受け、短期間で仕上げました。印刷所のスタッフには不評だったようですが、サラ・ベルナールはとても気に入り、ミュシャを無言で抱きしめたといいます。パリの街中に貼り出されたポスターは大評判になり、大満足したサラ・ベルナールは、その後6年間にわたる独占契約をミュシャと結びました。

ミュシャの人生が大きく動いた瞬間だったと思います。何が起こるか分からないものですね。ちなみに、しばしば伝説的に語られるこのエピソード、実際は少し違うようで、ミュシャがサラ・ベルナールからの仕事を受けるのは、これが初めてというわけではなかったそうです。ポスターで成功するきっかけとなった作品がこの『ジスモンダ』ということですね。

ボナール(『フランス=シャンパーニュ』)とロートレック(『 ムーラン・ルージュのラ・グーリュ 』)のあの画期的なポスターの制昨年は1891年です。19世紀末のポスター業界は変革期と言えるかもしれませんね。

人々が休暇中、粛々と仕事をし、チャンスを掴んだこのエピソード、筆者は妙に好きです。(もしかしたら作品よりもエピソードが好きなのかもしれません。)何事も、真面目に日々向き合っていれば、なるようになって行くものですね。

【豆知識】
よく耳にするアール・ヌーボー(フランス語 で「Art nouveau」)とは、「新しい芸術」という意味です。19世紀から20世紀初頭にかけて、ヨーロッパで興った国際的な美術運動です。自然(花や昆虫など)をモチーフとし、自由な曲線装飾的なデザインが特徴です。よく混同されやすい言葉でアール・デコがありますが、こちらは、幾何学的な模様でシンプルなデザインが特徴です。アール・ヌーボー衰退後に登場したのがアール・デコということになります。

番外編:速報、樹皮の中のコクワガタ

昆虫ゼリーを食べた形跡はあるのですが、しばらくコクワガタのメスの姿を見ていません。心配なので、産卵木の樹皮をめくってみることにしました。

コクワガタの産卵木
樹皮の中のコクワガタのメス

いました!じっとしています。生きているのか心配になるくらい足を縮めています。実際、亡くなった虫は、大抵、足を縮めた状態でみつかります。しかもとても軽いです。

特にコクワガタのメスは、死んだふりをしているのかと思うくらい、固まるんです。そんな時は、少しお尻の方をツンツンしてみるか、それでも反応がない場合は、霧吹きで水をかけてみます。書いていませんでしたが、飼育セットに乾燥は大敵なので、霧吹きは常に用意してあります。

水がかかると、ほぼ、反応します。虫にしてみれば、え?!みたいな感じで、なんらかのアクションを起こしてくれます。

樹皮の中でゆっくりしている虫の姿は、自然(野生)を感じられて、なかなか良いものですョ。

大原美術館:『ヴェニスの祭』アマン=ジャン

何かのお祭りのための舞台でしょうか?

大原美術館
エドモン=フランソワ・アマン=ジャン(1860-1936)
『ヴェニスの祭』1923

【鑑賞の小ネタ】
・ヴェニスの何のお祭りなのか?
・画面後景にギリシア建築風の建物あり
・画面中景にたくさんの小舟あり
・鳥が描かれている
・子どもが持っている花は何か?
・前景の女性は何を持っているのか?

舞台が描かれているのは分かるのですが、屋外なのか室内なのか、はっきりしないなと思いました。水辺であることは間違いないですね。何かヒントはないかと思い隅々までじっくり見ていたら、鳥が2羽いるのを見つけました。きっと鳩です。地面の何かをついばんでいる様子です。公園でよく見かける光景ですね。そうなると、まず屋外舞台で大丈夫だと思います。 大原美術館HPには「水辺にもうけられた舞台では物語が展開されている」とありました。

屋外なのか室内なのか、ちょっとこだわり過ぎのようにも思いますが、絵を理解する上で、かなり重要ポイントではないかと筆者は思っています。
屋外ということは、その時の気温にほぼマッチした服装をしているはずです。(この絵の場合、舞台ということで、多少気温に合わない衣装を演者が身に付けているということはあるかもしれませんが。)舞台上の人々は、暑くも寒くもない服装をしていると思います。どとらかというと、肌の露出から考えて、少し暑いのかもしれませんね。初夏か初秋でどうでしょう?左の女性が黒っぽいガウンを着るか脱ぐかしていることと、中央の帽子を被った人物が完全に長袖長ズボンを着ていることから、まだ暑さが残る初秋ということで話を進めたいと思います。

初秋のヴェニス(ベニス、 ヴェネツィア 、ベネチア)のお祭りって、何でしょうか? 中景のたくさんの小舟にもヒントがありそうです。ちなみに小舟は、水の都ヴェニスのゴンドラで大丈夫だと思います。

出展:Wikipedia  ヴェニスのゴンドラ

絵の中のゴンドラには漕ぎ手の姿もちゃんと見えますね。 それにしてもゴンドラ、たくさん描かれています。 この時期、何か大会があるのでしょうか? 
ありました。 9月最初の日曜日に開催される『レガッタ・ストーリカ 』です。歴史的なボートレースで、13世紀から行われていたそうです。当時は小規模で不定期に行われていたようですが、19世紀後半から、ヴェニスで開催されるビエンナーレ(2年に1回開かれる美術展覧会)の催しの1つとして大規模に生まれ変わったそうです。『ヴェニスの祭』の制作年は1923年なので、時期的にも合いますね。

次に、後景に見えるギリシア風の建物は何でしょうか?ヴェニス周辺の建築物を色々調べていると、これではないかという建物を見つけました。

出展:Wikiwand サン・ジョルジョ・マッジョーレ島
出展:Wikipedia  サン・ジョルジョ・マッジョーレ 教会

ヴェニス周辺の海に浮かぶ島、 サン・ジョルジョ・マッジョーレ島 の サン・ジョルジョ・マッジョーレ 教会 です。白い4本の柱もちゃんとありますね。ヴェニスの観光名所の1つです。ヴェニスには、この他にも、ギリシア建築風の建物がもちろんあるのですが、大原美術館の『ヴェニスの祭』のモチーフの位置関係に最も合うのはこの教会ではないかと筆者は思っています。

次に、手前の女性が何か持っています。弦楽器 (大原美術館HPより) だそうです。最初はリュートかなと思いました。色々調べて行くうちに、マンドリンではないかと思うようになりました。

出展:Wikipedia ナポリ型マンドリン

マンドリンの起源は、「リュート」から派生した「マンドーラ」という楽器なんだそうです。 マンドリンは、パクスワーレ・ヴィナッチャによって19世紀に改良されました。そして、イタリアの王妃マルゲリータが愛好したこともあって、マンドリン演奏は19~20世紀にイタリア中で大流行したそうです。時期的にも合いますよね。

次に気になったのは、舞台に飾られている蔓性の植物です。ピンクの花はバラでしょうか?筆者は『ヴェニスの祭』の季節を初秋(9月上旬)としているので、バラの開花の時期とちょっとずれるなと思いました。
では、蔓性でピンクの花をつけるその他の植物といえば、何でしょう?すぐに思いついたのが朝顔でした。ただし、西洋朝顔です。小学校の理科で栽培するお馴染みのあの朝顔ではなく、西洋朝顔です。西洋朝顔はとても強く、グリーンカーテンにもってこいの植物です。(あまりに強すぎて、初冬まで咲いているのを見たことがります。ちょっと怖かったです。)

出展:amazonホームページ 
   西洋朝顔 ヴェニスピンク

西洋朝顔のヴェニスピンクです。青い花で人気の高いヘブンリーブルーの改良種なんだそうです。20世紀初頭に存在していたかどうか、よく分からなかったので、ちょっと自信がありません。 
また、ピンクの花の植物は、子どもがしっかり抱えているので、棘のない植物なんだろうと思います。

黄色い花(果実?)の植物は、さっぱり分かりませんでした。ヴェニスはイタリアだし、レモンかなとも思ったのですが、レモンの色が黄色になるのは、基本的に冬のようなので、季節が合いません。画中の植物判定はほんとに難しいです。画家のイメージで描くこともよくあることですから。

最後に、この絵はアマン=ジャンによって、大阪に建設された大原別邸の装飾のために描かれた作品とのことです。 (参考資料:大原美術館HPより)  大原家とアマン=ジャンの深いつながりを感じるところです。

番外編:クワガタの産卵木に大きな穴

コクワガタの飼育ケースの蓋を開けると、産卵木の様子がちょっと変でした。2日に1回は蓋を開けてジロジロ観察しているので、異変があればすぐに分かります。

コクワガタの産卵木

白木の部分がこんなに見えてたかな?

樹皮がずれた産卵木

間違いありません。完全に樹皮が横にずれています。これは何か起こったに違いありません。樹皮をちょっとめくってみたいと思います。

産卵木の大きな穴

直径1㎝以上ある大きな穴が開いているではありませんか!しかも、なんだか深そうです。筆者がイメージするあのコクワガタの産卵痕(過去記事「番外編:コクワガタの産卵木に変化あり」をご参照ください。)とは程遠い大穴です。試し掘りをまたやってるのでしょうか? ちょっと調べてみたら、朽ち木に穴を開けて遊ぶことがあるとありました。遊ぶ? その他、寒くなってきたら越冬の準備で穴を開けるというのもありました。これは納得ですが、まだ寒くないので、筆者の家のコクワガタのメスには当てはまりません。

何れにしても産卵が近いことは確かなようです。もしかしたら、もう産卵は終わっているのかもしれませんが。産卵木をあまり動かしたくなくて、下側が確認できていない状況です。

ここでちょっと冷静に考え直しました。そもそも、産卵するかどうか分からない野生のメスでした!産卵しない可能性だって大いにありです。ついつい産卵することを前提に話を進め過ぎていました。これはいけません。 筆者の家のメスは、ただただ朽ち木を掘って遊んでいるだけなのかもしれません。多分この夏成虫になった、若い元気いっぱいのメスなんですから。

それでも大事なコクワのメスです!

大原美術館:『髪』アマン=ジャン

丸い額縁に入った雰囲気のある作品です。

大原美術館
エドモン=フランソワ・アマン=ジャン(1858-1936)
『髪』1912年頃

【鑑賞の小ネタ】
・児島虎次郎が持ち帰った作品
・大原美術館の第一号収蔵作品
・2人の女性を描いた作品多数あり
・象徴主義の画家

かなり長そうな髪ですね。ブロンドというよりは赤っぽい髪色でしょうか?右側の女性が座っている女性の髪をとかしているのかと思ったのですが、ガシッと掴んでいるように見えます。そして長いだけでなく毛量もすごいです。どんな髪型にもセット出来そうですね。

この作品『髪』は、大原美術館に所蔵された第一号の作品です。児島虎次郎(画家であり大原美術館所蔵作品の収集を行った人物)は1908年から1912年にかけてヨーロッパへ留学しています。アマン=ジャンと親交があった児島虎次郎は、この作品の購入を願って、大原孫三郎(実業家で大原美術館設立者)に手紙を送っています。そして、 帰国の際に 、児島虎次郎の手によって持ち帰られたということです。

『髪』の制作年は1912年頃となっていて、児島虎次郎が帰国した年も1912年になっていますね。1912年の児島虎次郎とアマン=ジャンの関わりを調べてみました。

2月:児島虎次郎はパリで初めて
   アマン=ジャンに出会う。
    作品の批評を受ける。
4月:児島虎次郎はベルギーのゲント美術
   アカデミーを首席で卒業する。
    再びアマン=ジャンのもとを訪れ、
   『髪』を購入する。
11月:児島虎次郎、帰国する。

アマン=ジャンは当時のフランスを代表する画家だったようです。児島虎次郎の西洋絵画収集は、この『髪』から始まったんですね。大原美術館にとって重要な作品と言えそうです。    (参考資料:大原美術館HPより)

さて、女性(左側)の髪と顔の表情が似ている作品がありました。こちらです。

スミソニアン美術館
『花瓶を持つ女性』

左右反転ではありますが、顔の角度や髪の色等、とてもよく似ていると思います。次の作品は、まさに髪をとかしています。

『美容師』

『美容師』という作品名から、髪をとかしている黒髪の女性が美容師なんだろうと思います。美容師とお客さんという感じで、特にそれ以上の親密性は感じられません。大原美術館の『髪』はどうでしょうか? 2人の女性の立ち位置は似ていますが、黒髪の女性は美容師のようには見えません。しかも、 仕事着ではなく部屋着のような服装をしています。そして、赤い髪の女性はドレスを着ているのかもしれませんが、胸元がかなりあらわになっています。気心の知れた、親しい間柄なのではないでしょうか。年齢も近そうですね。

アマン=ジャンは、女性2人をよく作品にしています。

『Intimacy(親密)』
『Confidence(信頼)』1903
『二人のヴァイオリニスト』

モデルが誰なのか色々調べてみましたが、はっきりとしたことは分かりませんでした。取り上げた作品のモデルが全て同一とは思いませんが、どの作品も髪の色が異なる2人の女性を描いていますね。

次の作品も女性2人ですが、ブロンドの女性がかなり若そうです。

『スパニエルを持つ2人の女性』

ブロンドの若い女性は少し緊張している様子ですが、アマン=ジャンの作品の中に収まる女性たちからは、基本的に、どこか安心感が漂います。人間関係において、真の信頼関係を築き、ゆるぎない安心感を得ることは難しいことではないかと筆者は思っています。アマン=ジャンの作品の中の女性たちはそれらを獲得しているような雰囲気があるように思うのですが、どうでしょう?

作品の中に複数人物が描かれている場合、人物同士の関係性や漂う雰囲気を想像すると、鑑賞がまた興味深いものになるかもしれませんね。