番外編:寝る魚(熱帯魚)たち

まだ薄暗い早朝、ふと水槽を見ると、底の方に白い影が。

熱帯魚なのにほとんど色が無くなっています。しかも底砂に横たわっているように見えます。この状態、調子が悪いのか⁈と結構焦るんです。 左がラミノーズテトラで右がアフリカンランプアイです。しばらく見ているとアフリカンランプアイが少し浮上しました。

部屋の電気(水槽のライトはまだつけていません)をつけたので、魚たちも光を少し感じているはず。そうなんです、魚たちは寝ていたんです。寝ていると思われる状態の時は、この2匹の場合、ほとんど発色せずに底の方で横たわっていることが多いです。魚によってはふわ~と流れに任せて漂うタイプもいます。その様子はかなり無防備で、ちゃんと生きて行けるのかと心配になります。

   

昼間のラミノーズテトラ
昼間のアフリカンランプアイ

昼間のラミノーズテトラとアフリカンランプアイの発色と比べて見てください。随分違いますよね。寝ている魚は、ボーッとしています。

ところで、熱帯魚は海水魚・汽水魚・淡水魚に大きく分けられます。筆者は熱帯魚の中でも淡水魚を飼っているということになります。 基本的に海水魚の方が派手な色をしていますが、淡水魚も、日本の川や池で見かける魚と比べたら、やはり派手な色をしています。そして、光に照らされている時(昼間)の方がより発色する傾向にあると思います。

あれ?野生で目立って大丈夫なのか?と思ったことはありませんか? 野生で目立つということは、外敵に見つかりやすいということなので危ないですよね。その点、日本の川魚のほとんどは地味な色をしているので安心です。 この違いは何なのか調べてみたところ、はっきりとは分からないということでした。 ただ、棲んでいる環境によるものが大きいのではないかという意見が主流のようです。熱帯魚が棲んでいる熱帯や亜熱帯には、そもそもカラフルな生き物がたくさん生息していて、派手な色の方がかえって目立たないという考え方です。 確かに、熱帯の魚介類は派手な色をしているものが多いです。鳥や虫、植物も派手ですよね。

これは、大きな意味での保護色(外敵から身を守るため、または獲物を待ち伏せるため、周囲から目立たなくする体色や模様)の世界観だと思います。

スファエリクティス・バイランティラミノーズテトラアフリカンランプアイが写っています。バイランティは流木と同じような色をしていますね。ある意味いい感じに目立ちません。そして、何となく流木の側にいることが多いような気がします。地味な色の熱帯魚は、棲んでいるその場所の中でも、目立たないベストポジションを本能的に知っているのでしょうね。 ザ・保護色です。

水槽という限られた空間ですが、じっくり観察していると、なかなか興味深いものですね(^-^)

番外編:菌糸ビンの交換(コクワガタの幼虫)

ガリガリと音がしていた菌糸ビン(過去記事、番外編:年末の生き物たち(2020年)②)、幼虫たちも大きくなっているはずなので、そろそろ菌糸ビンを交換することにしました。中身がどうなっているのかドキドキです。

菌糸ビンの少し硬い上の方(白色部分)を掘ると、木の色が見えてきます。どこに幼虫がいるのか分からないので、そっと掘り進めます。幼虫を傷つけないよう、緊張して作業を進めなければなりません。

あまりにも緊張するので、菌糸ビンを横にしてコンコンしてみました。すると…

見事なトンネルのような穴が出てきました! 幼虫は、朽ち木(この場合は菌糸ビンの中身)を食べて大きくなります。食べた後は、木の繊維が粉々になっています。横にしてコンコンすることで、ポロポロになった部分が外に出て、トンネルが現れるのです。 結構食べていますね!

さて、幼虫はどこでしょうか?まだ見えません。トンネルの硬くなった部分をもう少し壊して、もう一度コンコンしてみました。すると…

底の方にいました‼ 大きくなっています(^-^) 素晴らしい。この菌糸ビンからは2匹出てきました。もう1つの菌糸ビン(少し大きめ)からは、5匹出てきました。計7匹で、投入した幼虫全てが無事だったことになります。

狭い環境におかれた幼虫は、時々共食いしてしまうことがあります。少し心配していましたが、大丈夫でした。お互いを避け、棲み分けをして、上手に生活してくれていました。 良かったです。

次の日の菌糸ビンがこちら。

幼虫がいるのが分かるでしょうか? 上の方をぐるっと食べていますね。下の方もちょっと食べています。多分、上とは別の幼虫だと思います。(この菌糸ビンには2匹幼虫を投入しています。)

幼虫は、菌糸ビンの中央部分から食べ始めると今まで思っていたのですが、次の日にはこの状態だったので、そうとは限らないのかもしれません。共食いを避けるため、中心ではなく外側から食べ始めるのはなかなか良い案かもしれませんね。なるべく出会わないように、中心部分は避けて、端から端からです。

今までの経験から感じることですが、国産のクワガタは、幼虫にしても成虫にしても、外国産に比べて激しくないと筆者は思っています。基本的に、必要な時にしか戦わない。共食いが起きた時は、スペースの問題だと思います。

お母さんコクワ(成虫)の動きは特になしです。順調に越冬中だと思います(^-^)

倉敷川船溜り跡 倉敷川公園

美観地区から倉敷川に沿って南下して行くと、石階段が印象的な倉敷川公園にたどり着きます。フランク・ロイド・ライト(1867-1959)の建築のような、雰囲気のある造形だと勝手に思っています。(※フランク・ロイド・ライトはアメリカの建築家。近代建築の三大巨匠の1人。日本にもいくつかの作品を残し、中でも旧帝国ホテル本館が有名)

倉敷川船溜り跡 倉敷川公園(北から南へ向かって撮影)
倉敷川船溜り跡 倉敷川公園(南から北へ向かって撮影)

石碑がありました。この辺りはかつて御船(みふね)町と呼ばれていたようです。

〖倉敷川の新前神橋から入船橋の下流までの西岸に沿った細長い区域。昭和九年には現在地に船だまり(倉敷港)が設けられ、舟運の拠点になった。昭和四十六年十二月に廃止された。〗と書かれています。どうやらここは、船だまり(港)だったようですね。倉敷川がかつて海に通じる運河だった(過去記事、倉敷川の水源続・倉敷川の水源)証がここにもありました。

〖  溜  船  川  敷  倉 〗
〖  工 竣 月 三 年 九 和 昭  〗
と草書で書かれています。

そしてちゃんと高灯籠もありますね。この高灯籠は多分、船だまり(港)跡ということで、近年になって設置されたものだと思います。特に説明書きは見当たりませんでした。

   

ところで、倉敷川公園まで歩く途中に、今まで気が付かなかった「橋」を見つけました。立派な台座を持った歩道の欄干ぐらいにしか思っていませんでした。

そして、台座の下の方に橋の名前を見つけました。 ちなみに奥に見える橋は「入船橋」です。

御舩橋

御舩橋」と書いてありますね。かつてこの辺りは御船町だったのでその名残りだと思います。 橋の下を覗いてみると、支流(用水路?)と倉敷川の合流地点になっていました。

    

倉敷美観地区から倉敷川公園までの略地図

歩道に突如として現れる「橋」。歩道部分は普通に、一般的な歩道として舗装されていますが、欄干の台座や橋の名前をちゃんと残しているところに、何らかの配慮を感じます。そして、どんな橋なのかは分かりませんが、昔からこの場所には「橋」が架かっていたのではないかと思うのです。その「橋」は、住民にとって思い入れのある大事な「橋」だったのかもしれませんね(^-^) また古地図で調べてみたいと思います。

大原美術館:『薯をむくヴュイヤール夫人』ヴュイヤール

夫人ということは、ヴュイヤールの妻なのか母なのか。

大原美術館
エドゥアール・ヴュイヤール(1868-1940)
『薯をむくヴュイヤール夫人』1893

【鑑賞の小ネタ】
・ヴュイヤールはナビ派の画家
・装飾画も多く手掛ける
・日本美術の影響あり
・生涯独身
・この作品は盗難の経験あり

過去記事(大原美術館:ふさがれた窓)でも紹介しましたが、この作品『薯をむくヴュイヤール夫人』は盗難の経験があります。盗難にあったその他の作品と同じく、小型の作品で、無事に戻って来て本当に良かったと思います。

ヴュイヤールはナビ派(「ナビ」とは預言者を意味する。19世紀末パリで活躍。自らを新しい象徴的、主観的な芸術の創始者として主張。前衛的な芸術家集団で、ポスターやグラフィックアート等、幅広い領域で活動)の画家です。グループにはその他、 ポール・セリュジエ、モーリス・ドニ、ピエール・ボナール、アリスティド・マイヨール、フェリックス・ヴァロットンなどがいます。大原美術館には、セリュジエドニボナールマイヨールの作品がどれも所蔵されていて、印象派のみならず、ナビ派の作品も充実していますね。

ヴュイヤールは生涯独身で、母親と暮らしていたようです。というわけで、『薯をむくヴュイヤール夫人』のヴュイヤール夫人はまずお母さんですね。母親の日常の姿を描いた作品を他にも制作しています。

フィリップス・コレクション
『部屋を掃く婦人』1899-1900
国立西洋美術館
『縫いものをするヴュイヤール夫人』1920

お母さんの表情は、どの作品も伏し目な感じで描かれているので、読み取りにくいのですが、全体的に貫禄のある女性ということは分かりますよね。ちなみにお母さんは、裁縫工房を経営していたそうですョ。そうして見ると、お母さんの服装、何だかお洒落ですよね。壁紙やテーブルクロスにもこだわりを感じます。絵になる室内装飾だったようですね。
そしてヴュイヤールは、装飾絵画も数多く手掛けているので、何かとお母さんの影響大だったのかもしれませんね。

ヴュイヤールの装飾絵画がこちら。

ワシントン・ナショナル・ギャラリー
『ヴァンティミーユ広場』1911

5連の装飾板画です。当時、個人の邸宅のサロンや食堂の壁の羽目板画として流行していたそうです。日本の屏風絵のようですね。よく見ると、はっきりとした線で描かれているし、奥行きもあまり感じられません。日本美術の影響を受けていると考えられているそうです。

  

ヴュイヤールの作品の色合いは、とても穏やかですね。茶系が多いためか、あたたか味を感じます。ルドンが描いたヴュイヤールがこちら。

オディロン・ルドン(1840-1916)
『エドゥアール・ヴュイヤール』1900

ヴュイヤールはフランスの画家です。ヴュイヤールが生きたフランスといえば、多くの芸術家が集まって来ていた時代です。波乱万丈な生活を送っていた画家たちも多くいました。そんな中、生涯独身で、母親と過ごし、お酒もたしなまなかったというヴュイヤール。生き方や画風から、穏やかな性格が彷彿とされるという記述が多く見られました。

ヴュイヤールは、家族や室内など身近なものを多く描いた画家でした。落ち着いた優しい人だったのかもしれませんね。

エドゥアール・ヴュイヤール
『自画像』

番外編:浮き上がるマリモ

昨年末に水替えをした後、マリモが浮きました!

浮くマリモ

なんだかとても嬉しい。 数カ月前にも浮いたことがあるのですが、それ以来、なかなか浮いてくれませんでした。 よく見てください。小さな泡がくっついています。 浮くマリモを最初見た時は、何事?!と慌てたものです。筆者の家にやって来てから2年半は経過しているので愛着があるんです。

浮く理由としては、「光合成をして酸素が体のまわりに付いたため浮いた」か、「マリモの内部が腐敗して中が空洞になり軽くなったため浮いた」かのどちらかのようです。(参考資料:マリモの会HP) 翌日に沈んでいたら、まず、光合成によるものと判断して良いみたいです。 筆者の家のマリモは、次の日には沈んでいたのでほっと一安心です。

ところで、マリモが浮くのは大抵、水替え後です。 なぜでしょうか? マリモの飼育水は、普通の水道水で問題なしで、特にカルキ抜きも必要ありません。 このサイズと個数だと、濾過フィルターもいらないでしょう。水を替えただけで、なぜこんなに光合成が進むのか?
やはりカギは、光合成に必要な二酸化炭素にあるようです。水道水には空気(窒素、酸素、二酸化炭素など)が普通に溶け込んでいます。理科の実験を思い出してみてください。窒素や酸素は水に溶けにくく、二酸化炭素は水に溶けるということでしたよね。水替えをすることで、新たな二酸化炭素投入というわけなんです。
水道水には、 筆者が思っていた以上に、 二酸化炭素が含まれていたんです。水道水の二酸化炭素含有量を甘く見ていました。マリモの光合成の様子で実感です。

色々分かった気がしてなんだか嬉しい。

2021年の元旦のマリモがこちら。

2021年元旦のマリモ

もう泡はほとんど付いていません。そしてしっかり沈んでいます。地味に光合成中だと思います。元気そうで何よりです(^-^)

ちなみに、水替えをしたら、必ず浮くというわけでもないんです。水替えの間隔が影響しているのではないかと推測しているのですが、まだよく分かりません。
浮き上がるタイミングやコンディショが解明できたらと思い、ライトの照射時間や水温、室温などに気を配り、色々密かに実験中です。何か分かったらまた報告したいと思います。