作品名は『善き盗人』です。盗人なのに、善き?
【鑑賞の小ネタ】
・キリスト教の磔刑シーン
・盗人は2人描かれている
・キリスト教美術の再興に貢献
現在展示中の『キリストとマドレーヌ』(大原美術館:『キリストとマドレーヌ』デヴァリエール①)は、聖書には記述がない場面ということでした。この『善き盗人』は、聖書に記述のあるキリスト磔刑(たっけい:十字架刑)シーンを描いたものです。十字架にかけられるのはキリストと盗人2人で、キリストを中心に両側に盗人という位置関係で描かれることが多いです。
2人が盗人ということは漠然と知ってはいましたが、「善き盗人」とはどういうことなのか筆者は知りませんでした。調べてみたらすぐに判明。キリスト教的には常識のようです。宗教画を理解するためには、やはり、ある程度その宗教を知らないとだめですね。
「善き盗人」はディスマス(Dismas)と呼ばれる盗人で、キリストの右手側(向かって左)に描かれるようです。そしてもう一人の盗人は、ゲスタス(Gestas)と呼ばれる「悪しき盗人」で、キリストの左手側(向かって右)に描かれるということです。「右」は英語で「right」、「正しいこと」などの意味も持っています。だから、キリストの右側に「善き盗人」の方を描くのかなとちょっと思いました。
「善き盗人」は「キリストには罪がない」と述べ、「悪しき盗人」は「メシアなのに自分も我々も救えないのか」と悪口を言ったということです。そして、「善き盗人」は顔をキリストに向けるように描かれ、「悪しき盗人」はキリストから顔をそむけるように描かれることが多いようです。
大原美術館の『善き盗人』を見てみると、キリストの右手側にいる盗人が大きく描かれ、グッと顔をキリストに寄せているのがよく分かります。少し離れて左手側に描かれている「悪しき盗人」の方は、後ろ姿になっていて、かなりうなだれた様子で描かれています。
ところで、絵の中に文字があるのが分かるでしょうか ? まず1つ目。キリストの十字架にある「INRI」です。ラテン語 IESVS NAZARENVS REX IVDAEORVMの頭文字で、日本語では「ユダヤ人の王、ナザレのイエス」と訳されます。そして2つ目。「KYRIE ELEISON」は「主よあわれみたまえ」の意、だそうです。
次に、絵の後景を見てみたいと思います。城壁のような建物にグルっと囲まれているように見えますね。キリストが磔刑に処せられた場所はゴルゴダの丘と言われています。磔刑当時は丘だったので、この建造物は後世に建てられた何かだと思いました。最も可能性が高いのは聖墳墓教会です👇
聖墳墓教会はエルサレム旧市街にあるキリストの墓とされる場所に建つ教会堂です。ゴルゴダの丘はこの場所にあったとされています。4世紀にローマ皇帝コンスタンティヌス1世によって建造されました。イスラム時代の11世紀に教会は破壊されましたが、十字軍の占領以降、何度も再建・増築されたそうです。
背景でもう1つ。黄色の棒のようなものがいくつも描かれています。これは何でしょうか? 磔刑の場面なので、兵士の槍かなと思いました。
この絵👆は、キリストがゴルゴダの丘まで歩いた道中でのワンシーンですが、槍を持った兵士が描かれているのがはっきり分かります。キリストの周りには、槍を持った兵士がいたということです。そうするとやはり、黄色い棒は槍なんでしょうか?『善き盗人』の画面中央の奥にも黄色い棒は描かれていて、その黄色い棒の先をよく見ると、少し黒く塗られているのが分かります。これだと槍に見えなくもない。黄色い棒は、多分、槍で大丈夫だと思います。
宗教や神話、歴史画は、隅々までじっくり見ると、様々なことやものが描き込まれていることに気づくと思います。これは何かな?と思ったら、ちょっと調べて、もう一度その絵を鑑賞すると理解が深まっておもしろいと思います。ちなみに『善き盗人』には、聖母マリアやマグダラのマリアらしき女性の姿も見えますョ。