大原美術館:『A』パウル・クレー

一見、抽象画っぽいですが、形ある何かを描いているようでもあります。

大原美術館
パウル・クレー(1879-1940)
『A』1923

【鑑賞の小ネタ】
・スイス出身の画家
・色んな「形」が描き込まれている。
・この絵は風景画なのか?
・「A」は何を意味しているのか?

この作品について、「ジャンルは風景画」と解説している文書を筆者はどこかで見たことがあります。もしそうだとすると、どこの風景なのでしょう?筆者の第一印象では、向かって左側がどこかの風景に見えるのですが、どうでしょう? その他気が付いたことをいくつか挙げてみます。絵の上部に、アルファベットの「A」と十字か✖の文字、そしてその下には渦巻と何か爆発したような放射状の線が描かれています。中央付近に、PKと読める文字があるのが分かるでしょうか?パウル・クレーの頭文字なのかもしれませんね。中心の黄色い〇は月でしょうか?左上に赤い〇もありますね。太陽かな?黒い線の螺旋(らせん)と黒色の〇はなんだか爆弾が飛んで来ているようにも見えます。

『A』の制昨年は1923年で、第一次世界大戦(1914年~1918年)後ということになります。大戦には多くの芸術家も兵士として動員されました。クレーは1916年-1918年までドイツ軍に従軍しています。この大戦で、友人(ドイツの画家)のフランツ・マルクアウグスト・マッケが戦死しています。特に親友のマルクの死はクレーに大きな衝撃を与えたようです。戦争体験が作品に影響したとすると、黒い〇は爆弾で、上部の十字と✖は、戦闘機のように見えます。そうなると「A」の下の放射状の線は、爆発を表現したものなのでしょうか?

ところで、クレーはよく絵の中にアルファベットを描き込みます。

バーゼル美術館
『R 別荘』1919

      

ベルン美術館
『窓のある(文字Bの)コンポジション』1919

文字「B」が分かりにくいので、画面を明るくしました👇

      

どの作品のアルファベットも、何か意味のあるものであることは間違いないようですが、二重にも三重にも意味が込められているという見方もあって、アルファベットが指示しているものは結局のところ不明ということで落ち着いているようです。

    

作品『A』について言及している文献を見つけました。

クレーは「月は太陽を夢みる一つの夢だ」という。左方には遠くのびる水平線のなかに回教寺院のクーポラがチェニスの印象を伝える。

藤田慎一郎 編(1999). 大原美術館 岡山文庫

回教寺院とはイスラムの礼拝堂モスクのことで、クーポラとは教会建築などにみられる半球形につくられた天井のこと。そしてチェニスは北アフリカのチュニジア(総人口のほとんどがイスラム教)の首都です。いきなり北アフリカのチュニジアが出てきたので調べてみると、クレーは1914年に友人のモワイエと画家のアウグスト・マッケ(前出、第一次世界大戦で戦死)と旅行に行っていました!この旅行はクレーにとってとても意味のあるものだったようです。自分の修行時代の終わり、一人前の画家になったと確信したそうです。

この説で話を進めると、画面左側の風景は友人たちと行ったチュニジア旅行の風景画ということになりますね。そうなると気になってくるのは、大事な良い思い出の絵の中に描き込まれた不穏な雰囲気の「形」たちです。

みつけました👇

クレーは自筆の作品目録に、この作品のタイトルを「A(大災害の始まり)A(anfang einer Katastrophe)」と記載している。Aは、決して無意味な添え物としてのアルファベットではなく、「大災害の始まり」を暗示するA、きわめて予見的なAなのである。

現代美術作家情報サイト

「A」はアルファベットの最初の文字なので、始まりのAということなのでしょう。何が始まるのか、それは大災害。大災害が具体的に何なのかについてはクレー自身言及していませんが、第一次世界大戦後に描かれた絵なので、大災害とはまた起こるかもしれない戦争だったのではないでしょうか。

様々な思いが交錯する作品です。この絵から何かしら不穏なものを感じるのは当然でしたね。クレー自身が「大災害のはじまり」と記載しているのですから。大災害が何なのかについては、人それぞれ思いを巡らせたら良いのだと思います。なんだったら、アルファベット「A」の解釈についても、別の見方があるかもしれません。例えば、何か固有名詞の頭文字とか。

絵の中に「文字」や「形」を描き込むクレーの作品は想像が膨らみますね。

【おまけ】
クレーの母方の家系をさかのぼると北アフリカの血が混ざっているといわれています。チュニジア旅行と関係あるかもしれませんね。