モディリアーニの内縁の妻、ジャンヌ・エビュテルヌについてもう少し書いてみたいと思います。とても魅力的な女性だったようです。
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1918年頃
ジャンヌは画家を志していた兄のアンドレ・エビュテルヌに、モンパルナスの芸術コミュニティへ紹介されています。そしてレオナール・フジタ(藤田嗣治)をはじめ芸術家たちのモデルを務めました。その頃の写真がこちら。
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1917年頃
首をかしげるこの感じ。大原美術館のジャンヌもそうですよね。
ジャンヌはモデルを務める中で、絵画にも興味を示し、パリのアカデミー・コラロッシ(私立の美術学校)に入塾して画才を発揮しています。この塾では、多くの外国人美術家や女性美術家が学んでいたそうです。女性美術家に対する扱いは歴史的にみてもなかなか厳しいもので、アカデミーや公的な芸術教育が女性に対して門戸を開くようになったのは19世紀になってからでした。20世紀初頭でも、まだまだ女性美術家は少数派だったことでしょう。そのような中、モデルだけではなく、画家としても挑戦するジャンヌの姿に芯の強さを感じます。確かに目力はありますよね。
ジャンヌが描いた自画像をいくつか紹介します。
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目がとても鋭いです。ジャンヌ自身の実際の目は、青色の切れ長の目ということだったようですけど、それにしても鋭く描いていると思います。それに引きかえモディリアーニは、ジャンヌの目を最終的には瞳孔のない薄い青色の目に描いてます…
こちらはジャンヌが描いたモディリアーニです。
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これは実物に近いように思います。疲れた目をしていますが、モディリアーニはとてもハンサムだったんです。つまり、美男美女カップルだったというわけです。悲劇的な最期(モディリアーニは35歳で病死、ジャンヌは21歳で後追い自殺)だったこともあり、「モンパルナスの灯」(1958年フランス)、「モディリアーニ真実の愛」(2004年アメリカ、フランス、イギリスなど6各国合作)と2度に渡り映画になっています。
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ところで、ジャンヌが投身自殺した時、妊娠9カ月でした。お腹の子も亡くなりましたが、ジャンヌとモディリアーニには母と同じジャンヌと名付けられた娘がいました。1歳2か月で父親と母親を亡くしたということです。娘ジャンヌはモディリアーニの姉に引き取られ無事に育ちました。成長した娘ジャンヌは、美術研究者になっています。
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ジャンヌ・モディリアーニ
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ジャンヌ・モディリア二 著
「モディリアニ 人と神話」
娘ジャンヌは、父アメデオ・モディリアーニの批判的研究を行っていて、父の伝説がいかに脚色されているかを指摘しています。この本の表紙の裸婦(ジャンニ・マッティオーリ・コレクション所蔵、アメデオ・モディリアーニ作、「赤い裸婦」1917)は、まず母ジャンヌではありません。モディリアーニの描くジャンヌ・エビュテルヌはほとんど服を着ています。そしてモディリアーニはジャンヌ・エビュテルヌの裸婦像を描かなかったと言われています。
娘ジャンヌの渾身の著作物「モディリアニ」の表紙に、あえて母ジャンヌの肖像画を使わず、何人もいた母ではないモデルの裸婦像を採用しています。「赤い裸婦」は別名「腕を広げて横たわる裸婦」で、実物は下半身もしっかり描かれていて、かなり官能的な絵となっています。娘ジャンヌの父モディリアーニに対する思いを表紙からも垣間見ることができそうです。父モディリアーニはとにかくプレイボーイだったようですから。母ジャンヌはいつも嫉妬にかられていたそうです。
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ジャンヌ・エビュテルヌの謎めいた作品2点です。
「死」の絵の中の帽子をかぶった男性はモディリアーニでしょうか?もしかしたら、ラビ(ユダヤ教の指導者)かもしれません。ジャンヌはカトリックの家に育ち、モディリアーニはユダヤ系イタリア人なので、宗教の違いがありました。ジャンヌが家族にモディリアーニとの交際を猛反対される理由の1つにこの宗教の違いがあったようです。ラビは絵にあるような帽子をよくかぶっています。カトリックの神父ではなく、ユダヤ教のラビを描いたとなると、ジャンヌのモディリアーニに対する揺るぎない愛(決意)を感じます。そして、ベッドに横たわる女性はまずジャンヌだと思います。【豆知識:ユダヤ教→ラビ、カトリック→神父、プロテスタント→牧師】
「自殺」の方は、ジャンヌ自身の未来を暗示するかのようです。相当追い詰められていたことがよく分ります。
最後にジャンヌの比較的幸せそうな絵を紹介します。
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「モディリアーニとジャンヌ・エビュテルヌ、ニースにて」
この絵を見て、少しほっとしました。良い時もあったのかと。椅子に座る奥の男女が、モディリアーニとジャンヌです。ワインを飲みながら穏やかな時間を過ごしているように見えます。左端にいる猫を2人は見ているようですが、残念ながら2人とも表情は硬いです。笑っているとは言えませんね。でも、2人が手を繋いでいるのに気づきましたか?もしかしたら、願望を描いた作品なのかもしれませんが、この絵があって本当に良かったと筆者は思います。